7

きたる筈ない輪廻の終わりで



自然の循環は人間でいう輪廻のようなものだ。
巡り巡って奪うと同時に新たな命を生み落としていく。
たとえ、それが戦場であっても。

自然が巡るのを止めた時、
どんな世界が広がっているのだろうか。

そんなことを瞳を閉じて考えてみる。







「おじいちゃんのだけど、まあ良いよね。」



服を包んでいた薄葉紙を畳んでいると、
男物の浴衣を着た俺様天使は不思議そうに裾を引っ張ったり
帯を突いてみたりした後に、その場でくるりと回って見せた。



「流石俺様だな。どんなものでも着こなしてるぜ。」


「・・・着付けてあげたのは私なのを忘れないで欲しいんだけど。」


「こんなもん羽織って縛ってで終わりじゃねえか。」


「・・・・・・。」



ほとほと呆れた顔をしたあとに私は閉口した。
何も言うまい。こういうタイプはシカトするのが一番である。
薄葉紙を小さな戸棚の上に置き、片手をついて立ち上がった。

戸締まりをしに厨(くりや)へと先ず足を運び裏口の鍵を閉めた。
こんな田舎に空き巣なんて出るのかな。
そんなことを想いながら玄関へと辿りつくと
俺様天使が壁にもたれかかって立っていた。



「遅え。」


「うっさい、じゃあ手伝ってくれれば良かったじゃん。」


「ハッ!俺様を使おうってか?」


「・・・天使様はお優しい方だと思っていましたので
何も言わずとも手をさしのべてくれるかと思っていました。
私の一方的な勘違いでしたねアハハハ。」



ひくひくと口の端を震わせて言うと、何を思ったのか
俺様天使は手を出してきた。
じと、とその手を見てから俺様天使に視線を向けると
どこか真面目な表情を浮かべていた俺様天使と眼があった。



「ほら、手をさしのべてやったぞ。」


「一度そこの壁で頭ぶつけてみたらどう?」


「俺様にはそんな嗜好は無え。」



私は取り敢えず思考がどこかぶっ飛んでいる俺様天使を
スルーすることに決めた。
サンダルを足に引っ掛けて靴箱の上の小さな藁籠の中から
うさぎのキーホールダーがついている鍵をひっぱり出した。



「ねえ、早くしてよ。」



動く気配のない俺様天使に私は訝しみながら
じろじろ眺め回し、足下に見た瞬間ああ、と合点がついた。


そういえばここら辺に。


靴箱の奥から下駄を取り出すと、埃が舞い少しだけ咳き込んだ。
下駄を足下に置いてあげると、俺様天使はきょとんとした顔で
私を見下ろしてきた。



「大きさが合うか分からないけど、どうぞ。」


「・・・あァ。」



俺様天使は、おずおずと下駄に足を滑り込ませた。
まあ許容範囲かな、と私が頷いて見せると、
俺様天使が、ちょっと眼を見開いたような気がした。



森の中の小道を二人して歩く。
おじいさんの家には私しか道を知らない為に
俺様天使は大人しく隣を歩いている。

彼方此方と煌めく俺様天使のふわふわな髪に気づいた後、上を向いて、
私は木々の間から零れ落ちる優しい光に瞳を細めた。
ゆらゆらと、葉も小石も木も砂利も色を変えていき
風が軽やかに駆け抜けて行く。
バサリと音をたてて鳥が空へと羽ばたいて空へと消えていった。



「良い所だな。」



ふと口を開いた俺様天使を見上げた。
口走った言葉に呼応するような表情に私も小さく笑った。
そして言葉を舌にのせるようにして音にする。



「国破れて山河あり、城春にして草木深し。」


「何だそりゃ?」


「ずっと昔生きていた杜甫っていう人が書いたの。
国が戦に敗れたけれど、山河はある。
そして、春が訪れて崩れ落ちた城壁の中には草木が茂み始めている。
って意味。自然は循環し続ける。」


「へえ。」


「今ある命を奪って血で染まった大地から
また新たな命が芽吹くんだよ。
それって、凄いことだと思わない?」



争いにより森が焼かれ、空がくすみ、
川が汚され、動物が殺され、大地が血に染まったとしても
その赤い大地からまた新たに小さな種が芽吹き、大樹へと成っていく。

そしてまた森は静かに形成され、空は澄んだ色を取り戻し、
川は清らかに流れていき、動物が集まってくる。

赤は緑に抱かられ、生命力に満ち溢れる。



「あァ、そうだな。」



落ちている幹を踏んだ為にバキリと足下で音がした。






広がっているのはきっと、枯れ果てた静寂の世界。
(溢れんばかりの生命力が時折怖い)