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知と未知を彷徨い続け





食事を与えずに睡眠を与えた鼠と
睡眠を与えずに食事を与えた鼠では、
後者よりも前者が長生きするらしい。

鼠でさえ、そうであるのならば、
人間など言わずとも知れている。









意識が海の中から上へと浮上するように戻ってきた。



私がゆっくりと眼をあけると辺りは
真っ暗で殆ど見えなかったけど
いつの間にか居た金色の不法侵入者の居場所は、
灰色いや、むしろ銀色の霧のような光に
ボンヤリと包まれていてすぐに分かった。


渇いた喉を小さく震わせ言葉を紡いだ。


「・・・本当に、天使なんだね。」

「あァ?今更何言ってんだよ。」

「頭がいかれた不法侵入者かと思ってた。」


「いかれてんのは人間の頭だろうが。」



ぼんやりとした視界の中で不法侵入者は私を覗き込んで笑いを零した。
昔読んだ絵本の天使もこんな表情を
していたような気がする。

不法侵入者じゃなくて天使の翠色の瞳に
酷く無表情な私を見つけた。

とりあえず、私が今言いたいことは一つだ。



「邪魔。」


「・・・・・・ふ、育ちがなってねえな。人間。」


「うっさい。あんた何様?
ああ、何様俺様不法侵入天使様兼居候様だったね。」



性格が著しく悪い天使はぴくりと顔を歪めた後に何を考えたのか、
ちょっと笑って私の顔のすぐ横に手をつき、
あいつが持ってる唯一天使らしい端整な顔を近づけてきた。


頬に金色の綿飴のように柔軟な髪が滑っていく。

碧色の中に見える翠色が細められ
凄艶な薄い笑みを湛えつつ、白くて長い指を頬に滑らせていく。

ふいに温い吐息が耳を擽り、ぴくんと私の体が小さく跳ね、
背中に何かが這い上がるような感覚に拳を握った。



「気づいてやらなくて悪かったな。
期待通りに思う存分可愛がってやるよ。」



啼いて泣いて許しを請う声が、嗄れるまでな。


耳にふれた唇は、ひんやりとしていた。

ちなみに、この世は己自身のものであると同時に己以外のものである。
己と己以外が融合して出来ている世なのであるから、
予想外のことに陥るということは至極当たり前のことであろう。



私はついに変態天使の奇想天外摩訶不思議理解不能な
発想能力に対して閉口した。


気づいてやれなくて悪かったな
とは何だ。失敬な。私は普通で健全だ。


本当に、この金色天使は馬鹿だ。
馬鹿で俺様で破廉恥以外の何者でもない。


あれだ、もうこれはあれだ。色々ひっくるめて
俺様天使と呼ぶことにする。
とりあえず、私の天使に対するイメージを返せ。



「もう一回言うけど、邪魔。 今すぐどかないと強制執行するから。」


「あァ?聞こえねッッテぇええエェぇ!!」


「・・・・だから言ったじゃない。強制執行するって。」



私は冷めた眼で畳の上で大事な所を押さえつつ、
のたうち回ってる俺様馬鹿天使を見下ろした。

ライオンでさえも射殺せそうな鋭い眼で睨み付けてきたが
翠色の両眼に涙を浮かばせながらの睨みなんて怖くない。

俺様天使から視線をふいと外して
電気のスイッチを探す為に壁に手を這わせた。


パチンとつけると暗闇に慣れた瞳が悲鳴をあげた。


俺様天使かなんかの悲鳴も聞こえたけど。
さらにどたんどたん音がするけど。

ぎゅっと眼を瞑ってからだんだんと光にならしていく。

私はうーんとのびをしてから脱いでおいた上着を羽織り
視線を下におろしてみるとようやく俺様馬鹿天使は
のたうち回るのをやめた。



「人間如きがァ・・・ッ」


「はいはい。私お腹すいたから手伝ってくれない?
水道の他に新しい色んなもの見られるけど。」


「・・・・・・今すぐ連れて行け!」



俺様天使は今にも私に掴みかかろうとしていた手を引っ込め、
腕をわきわきさせつつ、破顔一生した。

・・・・・・こんな単純で良いのか・・・?
















台所まで歩く中、足の裏に伝わるひんやりとした冷たさに笑った。

(まさにこの世は己の知と己以外の未知に満ちあふれている。)