――――ティタハの御子が、
『・・・見つかったか。』
空から降り注ぐ眩い限りの光で埋め尽くされる真白の空間が
弦を弾くような一つの声音に静かに揺らされた。
淡々とした口調の中にも仄かに滲みでる安堵の感情に
気がついた頭を垂れていた者も、そっと息をついた。
だが弛みかけた己を引き締めた。
さきほどとは比較にならないほどの圧迫感。
まさしく、いま遙か上空の椅子に腰掛けている
12対の瞳が興味津々とでもいうように
自分自身に集まっているのであろう。
「さてさて。探してもまーったく見つからなかった
僕たちの可愛い末っ子は一体どこにいるんだい?」
宙に浮かぶ12個の椅子のうち、
中半にあるそちらを無粋にならぬように恭しく見上げると、
ゆったりとした椅子の上で胡座をかき、髭面の男がいた。
絡まって視界も遮りそうなくすんだ金髪を歯牙にもかけず
にやにやと見下ろしてくる。
「申し上げます。御子は異世界にいらっしゃいました。」
ざわりと一瞬空気が揺れたが、ひゅ〜と煽るような口笛がした。
「ヒャッハー!クソ餓鬼のくせしてやんじゃねえかァ!」
今度は先ほどの逆に座っていた者が身を乗り出す。
眩い金髪を逆立たせながら、にやりと歪む唇から犬歯が覗いた。
言葉を続けようとしたが、真隣の華奢な身体の持ち主の忍び笑いに
気がつきアァン?と鋭い眼光で睨み付けた。
その眼光を向けられた当の本人はごめんごめんとでも言うように肩を竦めさせる。
「少し静かにするでありんす。」
小さな衣擦れとともに、しっとりとした声がざわつきに満ちた場を正した。
11対の同じ色をした瞳が自分へと向き、静寂が訪れたのに満足したのか
円形の軸となっている一番高い椅子に座している者へと後を譲るように視線を向けた。
『異世界か・・・。愚弟だと思っていたが少しは頭が回るらしい。』
「いかが、なさいますか。」
音に出さずとも、脳へ直接語りかけてくるような『声』。
頭を垂れていた者の銀色の髪がふと吹いた風に舞い上がった。
『―――引き摺ってでも、連れ戻せ。』
ざあざあ、と朝から瓦屋根をひっきりになしに叩く雨音に
ふいに意識をとられ、締め切った窓の向こうを眺めた。
雨色のカーテンに紫陽花がゆれている。
湿り気を吸いこんだ咽せるようなイグサの香りに初めて気がつく。
朝から俺様天使は清秦おじいちゃんの所に遊びに行っているからか、
薄暗い部屋を申し訳ない程度に照らしている電灯の下、
ひっそりとした物静かさにふいに身体が震えて、ひゅっと胸の奥が収縮した。
なぜだか怖くて、苦しくて。
どうやって言えばいいのか分からないけど、
でもこの気持ちを言い表す言葉を知ってる。
(こういうのを、寂しいっていうんだ。)
寂しさに気がつくと、どうしようもなくなって。
さらに胸がきゅ、と締め付けられた。
一瞬曇天に閃光が走り抜け大きな音が轟いた。
ぱっと手元のライトが消える。
「・・・停電?」
かちかちとライトの電源を回してみるが、光はいっこうにつかない。
ピカっとまた外が光る。
停電なのに私の視野は辛うじて周囲が見えていた。
外が光るたびに空気が唸り古屋を軋ませる。
壁に立つ棚、さっきまでリアルだったイグサの香りや電灯すら
酷く無機質なものに見えてしかたなかった。
――まるで、自分が世界から追い出されたような、そんな孤独感。
シャープペンシルを握る右手に無意識に力がこめられるが
机の上に放り出し、両手で身体を抱きしめた。
人工的な光を奪われた私はさらに身を縮めぎょろりと周りを伺ったが、
暗闇の中、浮かび上がった銀色のシルエットにおもわず悲鳴をあげそうになった。
だけど、その銀色に見覚えがあることにすぐさま気づいて
長い溜息をつきながら握りしめていた拳を解いた。
俺様天使が纏っている銀色だ。本人いわく精霊だそうだが。
「・・・・・なに、いつ帰ってきたの?」
じとめで睨んでしまうのも仕方無いだろう。
音も立てずに銀色に光っているものが暗闇の中に
浮かび上がっているのだから。
「ちょ、聞いてる?というか今日のソレどうしたの濁ってない?
ぼんやりしてて姿はっきり見えないんだけど。」
そのとき、また雷が落ちて部屋の中を照らした。
その一瞬の合間、銀色が霧散してその相貌を現した。
光を灯す青色と煌めく銀色。
――違う。
頭が真っ白になった。
――これは、俺様天使じゃない。
両目が見開かれ、
口の中が急速に砂漠みたいに乾ききった。
―――・・・まったくの、別人じゃない・・・!!!―――
恐怖にひきつく心臓を耳元で感じながらも聞かずにはいられなかった。
普段の私だったら声も出さずに逃げ出すか身動きがとれないはずだったのに。
だけど、これに良く似た銀色を見たことがあるのだ。
「・・・・・だれ。」
気合いをいれて震わせた喉から零れた音は存外しっかりしていた。
銀色のシルエットは閉ざされた縁側に相変わらず佇んでいる。
だが、一瞬ゆらりと揺れたかと思ったら
ただの靄であった銀色が、糸を引くように濁りを消した。
廊下を引き摺るくらいまでの長い銀色の髪。
青色の切れ長の瞳が真ん中でわけられた前髪からのぞいてる。
華やかな俺様天使や、涼やかな安恒さんとは違った
冷たさのある端整な相貌を見納め思わず瞬きを忘れるくらいに見惚れた。
だけど、この時なぜか私の瞳は、青色の瞳と交錯を拒否し、
すっと通った鼻筋の先にある薄い唇へと視線を集中させた。
警戒しているくせに、なぜそんなところへ視線を送るんだなんて
どこか頭の片隅でぼんやりと思ったのだが。
――それはある一種の、予感だったのかもしれない。
ひどくゆっくりと唇が音を形作ったのが見えた。
『我らがティタハの御子を、お迎えにあがりました。』