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触れて出会ったもの



「あァ?うっせえな烏帽子。」


「・・・・・・・・・・。」



急に無言になった俺様天使を、
恐る恐る見上げながら声をかける。



「ね、一体誰と喋ってるの?」



ふと、気がついたように私を見下ろしてきて
一度瞳を閉じてから、また開けるがその瞳には
きちんと私が映っていて思わず詰めていた息をそっと吐いた。


あれ、なんで安心してるんだろう?


ぽつりと投げかけた疑問は
思いの外、自分自身の中で波紋を広げるが
俺様天使のニヤとした笑いに頭を振った。
気を引き締めろ、嫌な予感がするぞ。



「人間、俺様が誰と喋ってんのか気になんのか?」


「え、あ、う、そ、そりゃ気になるけど・・・。」


「へぇ、そうかァ。」



あ、やっぱり今のなし!!
しゅばっと身体の前でバッテン印を作るが、
更に面白そうな笑みを深めた俺様天使が
視界一杯に広がって、私は思わず一歩さがった。
逃げるように、きょろきょろと挙動不審に
周囲に視線を泳がすと境内にいる人たちは
各々好きなことをしていた。


というかね、うん、ほんと、近い近い近いーーー!!!


眼前に広がる俺様天使の、
長い睫毛に覆われた澄んだ翠色が
悪戯気に細まって三日月に歪む。


ああ、相変わらず綺麗なお肌ですこと。


ぼんやりとそんなことを頭の片隅で思いながらも
嫌な予感をびしばしと感じている本能に
従ってまた一歩頬を引き攣らせながら下がるが、
後頭部に伸ばされた手に仰け反った身体が動きを止められた。


――くしゃりと髪が擦れる音が耳に届く。


次いで、私の顎を長い指で持ち上げられて
無意識に瞳が瞠目し、綿飴のような
柔らかい金色が視界一杯に広がって、


ふわりと唇になにかが触れた。










「ハ、分かったか烏帽子?」


『いと。』



満足気な色を孕ませた翠色が離れていった。


・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。


呆然と震える人差し指をそっと唇に持っていき
呆然と頭の中で思案するが、
どう考えたって、今のは・・・。



瞬間、私は絶句した。そして電光石火の勢いで
下を向いて顔を覆った。
全体の血が沸騰したように身体が火照る。

赤い、絶対今私の顔赤い!!
だって、今のって!!そうだよね!?
え、勘違いじゃないよね!?!?!
熱い!!熱いんですけど!!ほっぺたヤバイ熱い!!
ぎゃあと一人わたわたしてる私の耳に
鈴がなるような、でも優しい綺麗な声が聞こえた。



『まこと初々しき女子よ。』


「え?」



ぐっちゃぐっちゃになってる脳内を
頑張って整理させようとしながら
知らない声に思わず顔をあげると、
柱に凭れるようにして、
赤い直衣を着ている平安人がいた。

目の錯覚か?いや、でも、え?
やばい、え、なんで、ええ、は?
混乱する頭を整理もつかせず口を開くと
空気は間抜けな音としてあっけなく落ちた。



「・・・・・・え?」


『女子よ、我が見えるのか?』


「え、え、え。」


「烏帽子ィ。人間のやつ頭が逝かれちまってやがる。」



壊れた玩具のように、同じ音便を漏らし
身体の横で手をあげたりさげたりしながら、
烏帽子をかぶっている平安人を凝視する私の頭を
俺様天使がバシっと軽く叩いた。

ハッとして私は慌てて、俺様天使の背中に隠れて
そろりと顔を出すと、烏帽子をかぶってる人?が
鮮やかな扇で口元を抑えながら、
今にでも泣きそうな弱々しい微笑みを零した。



『また、人と話ができるとは思わなんだ。』


















(というかこの人の衝撃で一瞬消し飛んだけど!
俺様天使にき、き、きすされたああああああ!!!!!)

ぎゃあ!とまた俺様天使の背中から飛び離れた。