25

歪に動き出す錆びた歯車


(驚かせたのやも、しれぬな。)

紅色の直衣姿の男は、困ったように微笑んだ。

















無事に飲み物も買い終えて、俺様天使の横に腰掛けながら
もきゅもきゅとイカ焼きを咀嚼していると、
ふとヤキソバに夢中になっていた俺様天使が振り返った。



「どうしたの?」



私も習うようにして振り返ったが、
そこには神社が赤い提灯たちに照らされて祭りの最中、
周囲の熱気とはうらはらにひっそりと佇んでいた。

ちらほらと自分達と同じように休憩している人々もいる。



「いや、なんでもねぇ。」


「そう?」


「あァ。」



眼は口より物を言う。
言葉の通り、彼の眼は訝しげに細められ
まだ神社の方を睨めつけていた。
眼を凝らしてみても、異変は全く見当たらない。



「あー!うっぜえな!!さっきから!!」



頭をかき乱し、溜息をついたかと思えば
大儀そうに立ち上がり、こちらへと背を向けた。
提灯の赤い光が、俺様天使の影を揺らす。



「いったいなんなの。」



そう首を傾げるが自らはその場を動くことはせずに、
視線だけでその背を追う。
奴の内心を如実に表した歩みは社の棟へと向けられていた。



「さっきからなんだテメェ。喧嘩うってんのか。」


「誰に向かって話してんのー!!!」



誰もいない空間に向かって喧嘩を売る俺様天使。
思わず、どげし、と背中を蹴りとばす。

慌てて走った為か若干息があがるが、
そんなの先ほどの周りの目に比べたらどうってことない。
だって見てみろあそこの子達。超どん引きしてたよ!!
あああ!手にイカ焼きの汁ついた!!



「人間なにしやがるんだ!!」


「あんたは周りの目を考えなさい!!」


「あぁ!?なんで俺様が考えなきゃいけねえんだよ!
つうかテメェも笑ってんじゃねえぞこの烏帽子!」



そういって、俺様天使はまた空間に向かって
ぎゃんぎゃんと喚き出した。
独り言酷すぎるでしょ!と脳天にイカ焼きの汁がついた手で
チョップをしようと手を挙げるがふと気がついた。

俺様天使は、さきほどからその“何もない空間”に向かって
“誰かがいる”かのように話しかけている。

更に言えば、俺様天使は仮にでも、
破廉恥だろうと、俺様だろうと、バカだろうと、穀潰しだろうと
一応多分きっと天使なのである。
そう考えると常人に見える筈のない何かが見えても不思議ではない。



「ま、まさか、・・・。」



真っ青に染まった顔色に紅色の直衣の男が
困ったように微笑んだのを俺様天使は見た。
そんなことよりもまずは。


「・・・不細工な間抜け顔だな。落ち着け人間。」


「だだだだ、だって!なんかいるんでしょそこに!?」



思わず普段は見逃さない暴言をスルーする。
だって昔ここで討ち死にして首がない武士とか、
とりあえずそんな見るのも無惨な幽霊というか、
悪霊だったらどうすんの!?
グロい!はてしなくグロい!!


脳内でテンパりながらも一部冷静な部分が
指についた焼きイカのタレのべたべた感を
どうにかしたいと訴えている。

こちらを見ていた俺様天使は、ふと自身の横を見てから、
ふいっと腕を持ち上げた。
白い指は、一点に向けられている。

まさかそちらの方向に幽霊がいるんじゃないだろうな
と顔を青く染め上げ頑として視線を下に向け続けたが
呆れたように俺様天使が鼻を鳴らした。



「オイ、やっぱ聞こえてねえよ。」


「?」



恐る恐ると顔をあげると数度軽く首をふり、
もう一度ある方向を指した。



「手水舎を使えだと。」


「え?」



想像したのと全然違う台詞を吐いた俺様天使に
思わずぽかんと間抜けな反応を返した。

手水舎とは、一般的に参拝の前に身を清めるために
手や口をすすぐ場のことである。
パッと指の先を追ってみると、
屋根のついた手水舎がひっそりとたたずんでいた。

今も何人かが手水舎の水で手を清めている、
といえば聞こえは良いが実際手を洗っていた。



「あ?ったく、しゃあねえなァ。
俺様に感謝しやがれよ。
おい人間、さっさと手を洗え。」


「え、あ、うん?」



首を傾けながらも慌て手水舎に走りよって
柄杓で水を掬いあげる。
少し罪悪感に襲われる。場所が場所ゆえか、
神聖な場所を汚したような言いようもない胸の悪さを覚えた。
だが綺麗になった指がスッキリし、少し気分は若干上昇する。



「テメェもやっぱり気づくか。流石俺様だな。」


「いや、そういうもんなんだよ。」


「いつぶりだ?」



ぱたぱたと俺様天使のもとに戻ると、
やはりある方を向きながら言葉を綴っていた。
様子を見る限り、何か、いや、見えぬ誰かがいるのだろう。
それとなく向けていたそこから、俺様天使を見上げると
彼は、きゅ、と眉根に皺を寄せて目を細めた。



「・・・その間誰も?」


「・・・・・・そうか。」



桃色の形の良い唇がなんともなさそうに閉じられたが、











(陰影を司る赤い灯火の中、翠瞳が一瞬翳った気がした。)