私が、ふと廊下の角を曲がると、
俺様天使が眼に入ってきた。
ヤツはいつもの縁側で大の字になって寝転がっている。
今日は、それ程暑くないし、
廊下が冷たいせいもあるのだろう。
寝苦しそうな様子は欠片もなく、
ぬくぬくしてるような、
へらへらしてるような幸せそうな表情で。
ふっと自然に頬が緩んだ。
「本当にここが定位置だなあ・・・。」
私は俺様天使に群がる小鳥たちに
小さく微笑を零し、よっと本人をまたいで部屋に入り、
お気に入りのタオルケットを取って、
ゆっくりとお腹にかけてやる。
小鳥たちは、やはりチラリとこちらを
見てきたが、すぐに何ともないように
黒々としたつぶらな瞳を閉じた。
「・・・おやすみ。」
そっと囁いて、ふと視線をあげた先で、
いつのまにかいた黒猫の煌々とした瞳と視線が交錯した。
珍しい、と逸らさず見続けていたけれど、
黒猫はすぐに興味を失ったように
光沢のある闇色の体躯を反転させて森の中へ姿を消していった。
夕日がゆっくりと大地に飲み込まれている時間、
私は俺様天使となぜか街へ下りていた。
向かい側から歩いてくる浴衣姿の女の子。
クレープを片手にもう片手にはリンゴ飴。
この時点で気がつくだろうが、
私はさんざん嫌がっていた祭りにきている。
道路の真ん中では、きらびやかな衣装を纏った
老若男女さまざまな人々が笑顔で曲にあわせて踊っている。
脇道でカメラを持って写真やカメラを回す人たち。
大きなスピーカーからは実況が聞こえてくる。
「あのふわふわしたの一体なんだ！？」
夜の道を照らす街灯の傍に赤い提灯がぶら下げられていたり、
屋台がずらりと道を彩るように並んでいる。
「おい人間！あのガキあれ食ってるぞ！！」
見知った通りなのに、なんでか今日という日だけは
どこか違う場所に感じてしまう。
「つか食い物なのか！？」
からんころん、からんころん。
「よし、人間、いますぐ俺様にあれを献上しやがれ。」
はっきり言おう。私は今しみじみとこの瞬間、
この祭りの熱気に溢れた雰囲気を堪能していたのだ。
「だあああああああああああ！！！！
うっさいなアンタは！！少しは落ち着きなさい！！！」
「うっせえのはテメェだろ人間。」
至極真面目な顔でそう言ってきた俺様天使に私は
愕然とし思わず両手で顔を覆った。
もういやだコイツ・・・・！！
浴衣の裾に注意しながらふらふらと
例のあれ、つまりは綿菓子なのだが、の屋台に私は近寄っていった。
熱さに蕩けた砂糖独特の甘い香りが鼻孔を擽る。
そして私は諦めの感情を多大に言葉に乗せて紡いだのだ。
「・・・すみません、綿飴一つください。」
その言葉を聞いた瞬間の俺様天使の満足そうな顔！
きぃあああ悔しい！！！！
もそもそ、と隣で綿飴に食いついている俺様天使の
手の中には、焼きイカやらトウモロコシ、
たこ焼き、焼きそばなどが袋に入れて
ぶらさげられていた。
ちなみに私の手の中の袋には、二つのぬいぐるみと
ビニール製のぴこぴこハンマー、小さな鳥が飾られてるオルゴール、
箱にしまわれたシルバーのネックレスが乱雑に押し込まれている。
ちなみにこれらのものは、全て俺様天使が
屋台で手に入れた物である。
射的、輪投げ、運試しの宝くじならぬ宝ヒモ。
射的は５発中、全てを使って最上段にあったぬいぐるみを倒すし、
輪投げも３輪中、２輪がぴこぴこハンマーの札と、ネックレスの箱に命中。
一番吃驚したのが、外れも多い中で一回しかできないのに
可愛らしいオルゴールを中てたことである。
「おおお！兄ちゃん凄いな！！」
と屋台のおじちゃんも吃驚しつつも言っていた。
だけど、俺様天使はにやりと笑って当たり前だろう？
と偉そうに返していた。
・・・よくぞ、キレなかったな屋台の親父殿。
腕の時計に視線を落とすと時刻は７時をそろそろ刻む頃。
それを確認して私は俺様天使の袋の中から、
たこ焼きを取りだし口の中に放り混んだ。
「うん、美味しい。って何よ？」
「あーん。」
「・・・・いや、自分で食べなよ・・・・。」
私の持ってるたこ焼きに視線を降ろしてから、
俺様天使は私の方を見て雛鳥が餌を請うようにパカリと口を開けた。
微動だにせず、ひたすらその状況から動かなかった為に
私は諦めて口の中にたこ焼きを放りこんでやった。
「ん、うめえな。」
「・・・まったくもう。」
がっくりを肩を落としかけるが、
いちいち反応するのも癪というより
むしろ疲れるだろうと思って止めておいた。
神社の境内で座っていたのだが、
手にしていた袋を俺様天使の横に置いて私はたちあがった。
「ちょっと飲み物買ってくるから待ってて。」
背を向けながらそう声をかけたのだが、
身体が後ろにひかれて進もうとした足を引っ込めた。
原因に視線をずらすと、左手が白い手に掴まれている。
きょとんとして俺様天使を見下ろすと、
やつは静かに、けれど焦ったように私を見上げていた。
「何？」
「行かなくても良いだろうが別に。」
「私、喉かわいたんだって。」
「じゃあ俺様も行く。」
「いや、すぐそこだよ？ほら、あそこ。見えるでしょ？」
「・・・・・・・行く。」
「荷物あるし、まだ食べてるしそこにいなさいってば。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
言い聞かせるように説得すると、むぅうと俺様天使はそっぽを向いた。
ひたすらに頭の上にはハテナマークで一杯である。
一体こやつはどうしたんだろうか？
くるりと周りを見回してみても、ただひしめくように沢山の
人が祭りを楽しんでいるだけである。
―・・・そう、沢山の人が。
あれ、まさか。
ここで私は一つの答えに辿りついた。
答えというよりは、一つの推測憶測に他ならないのだが。
「アンタがウロウロしない限り、
ちゃんとここに戻るから。」
迷子にはさせないから大丈夫だよ？
ふっと頬を緩ませながら金色のふわふわの髪を撫でてみる。
「・・・・・・ぜってえだな？」
「うん。」
「・・・俺様を待たせるんじゃねえぞ。」
「うん。」
「・・・・・・。」
ふん、とそっぽを向いたままの俺様天使は
掴んでいた私の左手を若干乱暴に離した。
（いってくるね？）
（ッさっさと行ってこいバカ人間やろー！！）