23

輝く虹色のどなりごえ



「バカ、よね。」



足下から背筋へ、背筋から腕へと
どこからか生み出された寒気が這いあがってくる。

私は膝を抱えて、逃げるように縮み込み
そっと暗闇に身を委ねることにした。
だから、そんな様子を翠の瞳がじっと見ていたことは、
もはや知ることはできなかった。













みーん、みーんと蝉の鳴き声が頭の中に
響き私はハッと眼を開けた。



「・・・寝ちゃったんだ。」



きょろりと横を見てみるが
傍で寝ていた俺様天使の姿は無く、
手持ち無沙汰に団扇へと手を伸ばした。



寝る前も思ってたけど暑い・・・。
しかも寝起きだからさらに暑い。
ああもう!!本当暑いんだけど!!



ぱたぱたとうちわで扇ぐが
生ぬるい風しか届いてこない。
なんてことだ!


ううー、と唸りながら青臭い畳に倒れ込むと
仄かにひんやりとしており
そのまま寝転がることにした。

あ、ささくれてる。

うちわを放りだして体から力を抜いた、のだが。



「だあああ!暑い!!」



即座に温くなった畳から
振り払うように上半身を起こしあげ
私は、押し入れから鞄を取り出した。

そして机の上においてから
洗面所へ行きタオルをつめた。

そして廓すなわち台所にある冷蔵庫の中から
冷えた麦茶を氷と共に水筒の中に注ぎ入れる。



「よしっと。」


「どっか行くのか?」



鞄のチャックを閉めた所で、
姿が見えなかった俺様天使が廊下の向こう側から
声をかけながら近づいてきた。



「川行かない?」


「川?」


「うん。清秦おじいちゃん家の近くに川があるの。」


「川なァ。良いぜ、付いてってやるよ。」



はん、と偉そうに宣うが、ただここにいたって
何もやることがないだけだろうが。
と思うが喉の奥に呑み込んだ。
賢明な判断である。







清秦おじいちゃん家に行くとき通る
森の小道を歩くが、通り抜けきる
少し手前から歩くペースを緩めた。



「こっち。」


「おい、そっちに道なんてねえぞ?」


「歩道沿いに行くと暑いし
遠いからこっちから行くの。」



しばらく歩くと木々で挟まれていた視界が
急に広がって青が飛び込んできた。


川である。


川縁に鞄を置き、済んだ川を覗き込むと
太陽を吸い込んだ柔らかい水の中
魚がちょろりと逃げていったのが目で追えた。
川の底にある小さな小石がゆらりと流れに抱かれている。



「綺麗な川でしょ?」


「まァな。」


「よし、じゃあ遊ぼう。」


「は?」



ぽかんとした顔の俺様天使に小さく笑ってから
肩にかけたタオルで汗を拭って
サンダルをそのまま爪先から川に入れると
一瞬の痺れが脳へ伝達された。



「冷たいー!!やばいなにこれ最高!!」



膝下二分に一ほどが川の冷たさによって
ひんやりと過剰なまでに保たれていた熱を奪う。

水の中でばしゃばしゃと足で水を蹴ったり
掌を水面に這わせてみたりする。





そして両手を川に浸し掬いあげてみると
煌々と陽の光を反射して色を変えつつ
指の隙間からぽろぽろと虹色の涙が零れ落ちて
水面とまた融け合っていった。


今度はたくさんの虹色の涙を
空へと少しだけ返すと青い空のキャンパスに
色鮮やかな花が舞い散った。



重力に従って落ちてくる七色の雫に
包み込まれるようにして顔を綻ばせている、
そんな彼女を俺様天使は川縁で座りながら、
碧い瞳を柔らかく細めて、小さく微笑んだ。

そして俺様天使は、静かに口を開いた。



「ガキだな人間。」


「・・・・・・。」



そう言った俺様天使を内心「アアン!?」と
思いながら振り返ってみると、
予想と違って、俺様天使は優しい表情を浮かべており
思わず身動いだ。



本当なんなわけですか、
その微笑ましそうな顔!



火照った体を誤魔化すように。



・・・左手にできる限りの水を溜めて、ッ持ち上げる!



「うっわ!!てめ、人間なにしやがるんだ!!」


「ふふん、冷たくてきもちいーでしょー?」



かけられた水で湿った服をわたわたと摘みながら、
俺様天使は目を吊り上げて、
ぎゃんぎゃんと吠えかかってきた。

それに対して私は、川の方に視線を戻して
俺様天使から見えないように、
してやったりとほくそ笑んだ。

だが、ざりと石同士が擦れ合う音が
川縁でしたと思った瞬間、
背中が唐突に冷たさを感じ反射的に飛び上がった。

何事かと頬へも伝った冷たい雫を左手で拭いながら
振り返って見ると、濡れた手を払っている俺様天使が
珍しくニィッコリと笑っていた。



「ハッ、冷たくて気持ちいいだろう?」


「(む、むかつくコイツー!!)」



私は、浅い川の中で両足で立ち上がり
前へ進むと同時に俺様天使の腕をひっぱり入れ
ばしゃりと水が跳ねる音がすると同時に
開いている右手で水をすくいあげ
予感していたのか身体を縮め込んだヤツにぶっかけた。



暫しして、ぽたりと、蜂蜜色の髪から雫が滴り落ちた。



・・・・・・・小刻みに俺様天使の肩が震えている。



「―・・・いい度胸だ人間。」



地を這うような低い声と共に
ゆらりと顔をあげた俺様天使の翠色の瞳の濁りを捉えて
私は顔を青く染め上げ瞬時に
警戒いやむしろ逃亡体制に入った。














――そして響いた音は、二人の叫び声。











(テメェマジふざけんな!!)

(アンタが追いかけてくるのが悪いんでしょうが!)

(んなもん知るか!転ぶなら一人で転べ!!)

(ハハンッ、道連れ万歳!!)