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笑みを見るには二歩が良い


「急に走り出すとか一体なんなんだ?」



ぼふっと真っ赤になってから
「ぎゃあああ」と女にあるまじき
叫び声をあげながらもの凄い勢いで
離れて行く人間の背中を呆然と眺めながら
俺様はポツリと零した。



「つうか、あんな感じの(ベスティアいたよな。」






















見慣れた景色の中、色とりどりの朝顔が
あぜ道にも広がっている。



「清秦おじいちゃーん!!!」



イノシシ扱いを密かに俺様天使にされてるのを
知らなかった私は、どたばたと庭へ飛び込むと、
茶色の麦わら帽子をかぶってた清秦おじいちゃんが、
気がついたように小さく肩をゆらし顔をあげた。



「おお、こんにちは。」



籠を持ち直して、きょとんとした後に、
にこりと私に微笑んでくれたが
脳内では未だに先ほどの新事実が
ぐるぐると回って尾を引いており
ほっと一息吐くことができなかった。



とりあえず、この頬の火照りは
走ったせいだ。うん、そうに違いない。



肩で大きく息を吸いながらぶんぶんと頭を振って、
清秦おじいちゃんに包みを見せ、首を傾けられる前に
「服ありがとうございました。」
とお礼を言って縁側にそっと置いた。

慌てているような私に、清秦おじいちゃんは
別の意味で首を傾けた。



「急いでるのかの?」


「えっ!?あ、いえ別に急いでるっていう
わけじゃないんですけど・・・。」



なんていうか、ともごもごと歯切れの悪い私。
だってさ、俺様天使に会いづらいっていうか!
どんな顔していれば良いか分からないっていうか!!

ああもう、なんで私がこんなにも
振り回されなきゃならないわけ!



「宿題とかかの?」


「まさか!順調ですよー。」



未だに肩で息をしながら、片手をぱたぱたと横に振って
冷や水のせいか、少し湿っている地面から顔をあげた。

そう、今年の宿題は順調に終わっているのだ。

なぜだか分からない。
逆に不思議に思うくらいだ。
俺様天使が急に古屋に転がり込んできたことにくわえ、
その俺様天使が、清廉で物静かとは
言い難い性格だったからだ。

つまり、四六時中うるさい。
ことあるごとに「アレは何だコレは何だ」攻撃が
始まるのだから。



――私が、勉強できる静かな時間がとれるわけが、



・・・ない?


・・・・・・ほんとうに?









突然、後ろから頭を一回コツンと叩かれた。



「あだっ。」


「ったく、俺様を置いてくたあどういう了見だ。」


「ちょっと脳細胞減ったらどうすんの!!」


「あァ?」



俺様天使の登場に、先ほどから中々ひかない熱が
さらに上がっていくのを実感した私は
きゃんきゃんと噛み付くように喚きながら
下から俺様天使を睨み付けると
一度眉をひそめ、私の頬をひっぱった。



「ひょっと!はなへー!!!!!!」


「ああ、やっぱり伸びるー。
なんでこんなに伸びんだろうなァ?」


「おやおやまあまあ、
それくらいにしてやったらどうじゃ?」



頬を引っ張られながらも何らかの
逆襲をしようと背伸びしながら俺様天使の頭を
叩こうと背伸びしていた所で、
清秦おじいちゃんがタオルで汗を拭いながら
そう言うと、俺様天使はこちらが
拍子抜けするくらい素直に手を離した。



「もし暇じゃったら、一緒にどうかの?」


「なにをだ?」



頬をさすりながら私も返答を待っていると、
清秦おじいちゃんは籠の中から手袋と鋏を
見せて、にこりと笑った。












「清秦おじいちゃんー!オクラ採っちゃうからねー!」



私は鋏を片手に、緑色のオクラに手を伸ばした。
細長い枝の枝元に、5センチ程のオクラが3つ出来ている。

オクラをよくよく観察してみると、
根本が黄緑で先にいけばいくほど緑色が濃くなっていている。
つんつんと痛い繊毛を突いていると、
遠くにいた清秦おじいちゃんが、
親指に人差し指をつけ円を作った。


私も笑いながら同じ動作を返す。


ぱちん、ぱちんとオクラを切り取り、
大きめの籠の中に放り投げた。
ここは清秦おじいちゃんの畑の一つである。


トウモロコシや、トマト、オクラなどの
夏の野菜を作っているのだ。


ちなみに、俺様天使はトマトの収穫最中だった。
普段ごろごろしてるから、仕事に駆り出されて良い様だ。
だなんて思いながらある意味ではありがたかった。
落ち着ける時間がとれたからだ。


清秦おじいちゃんに「かぶったらどうか?」と
差し出され、一度はその申し出を断った麦藁帽子で、
ぱたぱたと自分を扇いだ。なぜ断ったのにあるのか?
という疑問の返答は簡単だ。



「清秦のジジイの通りだ。
ぶっ倒れたらどうすんだ人間。」



そう言って、俺様天使が無理矢理
かぶせてきたからである。
嫌がらせか!嫌がらせなのか!!



恨みやら照れやらを、ぐっちょぐちょに
混ぜ合わせた視線を俺様天使に突き刺すと、
綿飴のような髪が太陽の光を反射して
蜂蜜のようにしっとりと、
それでいて軽やかにきらきらと輝いた。


そして、俺様天使は採ったばかりのトマトを片手に
こちらを振り返って、本当に、本当に楽しそうに笑った。





――・・・初めて見た無邪気な笑顔。

















思わずしゃがみ込み膝に顔を埋める。

(ちょっと、その顔でその笑顔は殺人級でしょう!)