私は、きちんとアイロンを施した清秦おじいちゃんに
借りた服をオレンジ色の袋に綺麗に仕舞い込んで
壁にかけられた古い時計に視線を一度向けた。
「清秦おじいちゃんに
借りた服を返しに行ってくるね。」
「あァ?清秦のジジイの所に行くのか?」
「うん。一昨日服を借りたでしょ?
アイロンもかけたし、今日の勉強も終わったし。」
青色のノートがパタンと閉じられて、
ひっそりと机の上に置かれている。
裏口に鍵をかけたし、戸口の確認もした。
靴箱の上の小さな藁籠の中から
うさぎのキーホールダーがついている鍵をひっぱり出した。
サンダルに足を遠そうとした所で、
履き慣れたサンダルの横に、一回りも二回りも
大きい真新しいサンダルが並べられていた。
何だか面白いような、くすぐったいような
温かいような、胸焼けしたような
よく分からない思いに駆られてしまって
俺様天使にそんな感情を悟られないように、
先に玄関の扉をくぐり抜けた。
広がる眩しい世界に、反射的に瞳を細めて
手で陰を作った。
数回通った同じ森の小道を、
今度は二人並びながら歩を進める。
蝉や、鳥、色々な生き物の声が
耳にすんなりと入っていっている。
生き物だけではなく、
小さな水のせせらぎも森の音を奏でていく。
背の高い木々を植物の蔓が首飾りのように
巻き付き飾り付けている。
光に照らされて輝く黄緑色の木の葉と
風が遊ぶのに呼応するように
影が不規則にゆらゆらと形を変えていった。
大地を踏みしめたサンダルが、地面のでこぼこに
つられるように傾いたりする。
緑で覆われた道に入ると、
草独自のふわりとした感覚が足の裏に伝わってくる。
木の葉の隙間から零れる陽から逃れるように
俺様天使の反対側に回り込むと、
訝しげな顔をしていたが何も言われなかった。
緑のトンネルを、くぐり抜けそっと上を仰ぎ見ると
驚くほどに青い空が視界に広がって
私は胸一杯に息を吸い込んだ。
どこまでも広がっている世界に
そっと俺様天使を隠れ見ると、眩しそうに
瞳を細めて白い手で太陽を翳していた。
私は急にいてもたってもいられなくなって
吸い込んだ空気で、音を紡いだ。
「空は繋がってるー!」
「・・・あァ?なんだ急に。」
私の大声が空にすっと溶けていった。
俺様天使は、訝しそうに私を見下ろしている。
眼が語っている。頭でも沸いたのかこの人間は、と。
それはただの被害妄想だ!と言ってくるヤツもいるだろうが、
その被害妄想の確率は1%もない。
いや、1ミクロンもない!!ミジンコよりももっとない。
「ちょっと叫びたくなっただけ。」
そうやってちょっと笑って俺様天使を追い抜いて、
もう一度、空を見上げた。
けれど追い抜かしたと思ったら、もう追いつかれている。
長い足ですこと。
神は二物を与えないとかいうけど、
コイツは二物どころか三、四と与えられていると思う。
ああ、だけど、なにゆえ性格の良さ・・・、
つまりは謙虚さとかを与えてなかったんだろう。
つうか、顔良し、スタイル良し、性格は・・・、
まあ言及しないこととして。
ああ!ほんっとうに憎たらしいな!!
足は長いし綺麗な形してるし!アンタはシカか!
というか私とのコンパスが違い過ぎるだろう。
私の三歩がコイツにとっての二歩じゃないの?
よくもまあ私のペースに合わせられるね。
やれやれと肩を竦めた所で、はたと固まり足を止めた私を
俺様天使も二歩進んだ先で足を止め、こちらの様子を伺っている。
だが、今の私にヤツを構う余裕もとい暇は無い。
いやいやいや、ちょっと待て。
よくも まあ 私の ペースに 合わせられるね ?
もう一度脳内でゆっくりと巡廻させ、
あんぐりとした顔で俺様天使を見ると
俺様天使は、ぴくんと眉を跳ねらせて
「さっきから一体何だ。」と、腕組みをしていた。
私の瞳に、俺様天使の碧い瞳が映った途端、
ぼふんと、頬に熱が走ったかと思ったら、
脳内回路がショートして、
私は思わず「ぎゃあああ!」と叫びながら駆けだした。
―まさか、
いや・・・、まさか、
・・・まさかさ、今まで
今まで一緒に歩いてたとき、ずっと・・・
(気を使って、くれてたの?)