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なんてことない毎日



棒アイスをゴミ箱に放り投げて、
縁側の真ん前にある部屋で、小さな机の上に
青色の薄っぺらいノートを開いた。


言わずとも知れるが、いわゆる
「夏休みの宿題」に該当するものである。
青色が指し示す教科は例に漏れず数学だ。


シャーペンを右手に持ち、人差し指で押すと
親指の上を綺麗に円を描きくるりと回った。

ノートに印刷されている円の中に収まっている
三角形のそれぞれの辺の長さを求める図を
暫し眺めた後に、シャーペンを走らせた。


sinθ cosθ tanθ


こんなものが、本当に日常生活で役に立つのだろうか。
そんな疑問を腹の奥に押し込めて
ただ、目の前にある数学の課題たちに集中した。


・・・・・・・・・・。

ああもう煩いよ俺様天使!
アイスなら勝手に食べて良いから
自分でとりに行きなさい!!



・・・集中するまでの道程は案外難しかった。
























お昼を作ろうと、立ち上がると、俺様天使も着いてきた。
コンロ火によって鍋の水面が底から
沸きあがる泡によって柔らかくゆれている。


勿論カマドもあるが、カマドは使うのが大変だから封印している。


少しだけコンロの火を小さくしようと調節ボタンを回した。



「ああ、これは少し似てるな。」


「似てるって何が?」



ぐつぐつと煮立つ鍋の下のコンロを目線をあわせるように
腰を屈めて観察していた俺様天使に声だけをかけて
私は棚の中の蕎麦の袋に手を伸ばした。



「このブツがだよ。下界で一度だけ見たことある。」


「それはガスを使ってるから精霊云々とか関係ないよ。」


「・・・これも精霊を使って無えのか。」


「うん。むしろ精霊って存在自体あやふやだし。
というか現代の科学からして精霊とか天使とかは
童話の中だけの存在だよ基本。
・・・まあ、信じている人もいるけどね。」



蕎麦の袋をひっくり返し、茹で時間を確認すると
私はハサミで上の部分を少しだけ切り、蕎麦を取り出した。
一本だけ取り出す過程で折れてしまったが、
気にせずに鍋の中にぶちまけた。

瓶の中に斜塔のようにいれられた菜箸を取り出し
焦げないように鍋をかき回す。



「ま、私は実際奇天烈だけどアンタと
会ったんだし信じる派だけどね。」



そこまで言って時計を見るとちょうど
茹で時間が経過した為にザルにとった。

冷やした時に濡れた手をタオルで拭い、
冷蔵庫からいろいろと取り出した。



「そこのお椀とお箸が乗ってるお盆を居間まで持ってって。」


「あァ?」


「いいから持ってけってば。夕飯いらないなら別に良いけど。」


「・・・。」



私がそういうと俺様天使が嫌そうに、
しかしお盆を持ちあげた為に私も梅や、野菜、
そしてつゆ等を乗せたお盆を持ち上げた。



居間にあるそれなりの大きさのちゃぶ台に
二人分を準備し、手をぱちんと合わせた。
向かい側にいる俺様天使は、はあ?という
顔をして私の行動をいぶかしんだ。



「いただきます。」


「なんだそれ?」


「ご飯を食べる時にする・・・礼儀?
なんだろう、一種の儀式みたいな・・・。」


「それをする意味は?」



意味、意味ねえ・・・。

頭の中で反芻するが
いただきます、ごちそうさまというのは
日本人なら子供の頃からの習慣である。

慣れてない子いわく、「少し気恥ずかしい所もある」
らしい。よく分からない。

とりあえず、当たり障りのないことを私は口にだした。



「命に感謝するっていうのが元々かな。
さらにはこの野菜とか蕎麦とかを作ってくれた
人たちにも感謝・・・みたいな。」


「・・・へえ。」



俺様天使はそれで些か足りないところがあったが
納得したように手を合わせ、
同じようにいただきます、と言った。
蕎麦をつつきながら無言の夕食は苦痛だろうと
判断して私は俺様天使に聞き返した。



「天使はそういうことしないの?」


「しねえな。」


「え、なんで?天使とかって何事にも
感謝愛情とかそういうイメージあったのに。」


「そりゃ人間の激しい空想だ。」


「・・・っへえ。」



こいつ、本当に天使なのか?
というか天使のイメージが見事なまでに
崩れ落ちてくんだけど、なにこれ。



激しく胸の内で焦りの声をあげるが、
あくまで冷静に蕎麦を食べきった。