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束の間の戯れ



みんみん、と規則的に鳴いていたかと思うと
少しの空白が訪れ、詰まったかのように
夏の風物詩である蝉が再び声を上げる。


そして私はこれまた夏の風物詩である
棒アイスを両手に持っていた。

私は庭を視界に入れながら、縁側で日向ぼっこでもしているだろう
俺様天使のもとへと足を進めている。



早く行かなければアイスが溶けてしまう。
そんなことを思いながら足早に歩を進めると、
縁側に直ぐ到着する所で、ぎしりと小さく下の板が軋んだ。



その音に気がついたらしい俺様天使は
寝転がっていた身体をゆっくりと起こした。

俺様天使のお腹の上で同じように日向ぼっこをしていた、
スズメが振動に吃驚したように左右に首を振って
庭の木へと飛び去っていった。

俺様天使は木の枝に留まっているをスズメをちらりと見た後に、
綿菓子のように、ふわふわとした金髪を揺らすと
悪戯を思いついたように瞳をにんまりと細めた。



「おい人間、お前太ったんじゃねえのか?」


「マジくたばれ。」



片手に持っていた棒アイスを反射的に
俺様天使の腹立つ顔面目掛けて剛速球で
投射ると、きょとんとした表情の俺様天使を見て
私は、予想通りに顔面に当たるかと思い内心でガッツポーズをした。



だが、勝利の雄叫びならぬ感動の笑いが零れる筈だったのが
私の口からは、別の言葉が出て来た。



「・・・は?」


「いつも抜けてる顔が更に間抜けな顔になってるな。」


「うっさいわ!それよりもちょ、ちょっと待って!
え?ええ、ええええ!?何が起こってる訳これ!?」



私が声を荒げたのは仕方がない理由がある。
人差し指で恐る恐るその現象を指さした。



満足そうに笑う俺様天使の顔の前で、
私が投げ付けた棒アイスは重力の存在を忘れたように
そのまま空中で停止している。
いや、若干上下に不規則にふよふよと浮いているが。



これで声を荒げずに何をすれと言うのだ!!



いや、だが落ち着け私。
相手は俺様だ。破廉恥で変態で、
おバカさんで奇天烈な金髪綿菓子だ。

そして百歩譲って取り敢えず、
多分、一応は、それなりに天使なのだ。

見た目とか見た目とか見た目とか。
・・・・あと、精霊とか。



そこまで考えると、なんだか妙に冷静さを取り戻した。
変に吃驚した自分があほらしい。

相手は俺様天使だ。
もとよりコイツが異常なのは知っていただろう。



脳の巡回を終えると、宙に浮いていた棒アイスが
ぽとりと俺様天使の手中に収まった。



「これ、アイスか?」


「あー、うん。」



はむ、とアイスに口を付けた俺様天使を見ていると、
冷静さが今度は好奇心に取って代わられた。
何だか気分が高揚して、うずうずしている。


すとん、と俺様天使の横に座って
同じようにアイスを頬張ると俺様天使は
こちらに視線を落とした後に庭の方に瞳を向けた。



「気になるのか?」


「むぐッ。」



アイスが気管に入る所だった・・・!
壊れたブリキのおもちゃみたいに小さく飛び上がって、
そろりと私より背の高い俺様天使を見上げると、
俺様天使も私を見ていた。
そのにやにや笑いがムカツクのですが!


大人気無いとは自分でも思うのだが、
ムッとした表情で口を尖らせる。
自分の心を読まれた感じがして少し腹が立ったのだ。



「そんなにも分かりやすかった?」


「まーな。」



ひたすら渡り行く青い空に入道雲がゆったりと泳いでいる。
そんなゆったりとした動きに、
太陽も雲の隙間を出たり入ったりしている。

そして、隙間から顔を出した太陽は、これ見よがしに、
じりじりと世界を焼き始めた。

塀に巻き付いている赤い色と青い色のアサガオが、
光に照らされて地面に小さなゆらゆらとした陰を作った。



縁側は陽が当たる場所なのだが、
私は俺様天使の陰の中に居たから、
肌を焼くことはなかった。

ちなみにこの俺様天使は、
いくら陽に当たろうとも肌の色に変化はない。
勿論、肌が焦げ茶になることはないし、赤くなることもない。
非常に羨ましい肌の持ち主なのだ。



太陽に思わず瞳を細めながら、
竹で作られた簾をそろそろ準備するべきか。
と考え、夏独自の熱さに手で自分を仰ぎ風を作ろうとしたが、
全くもって意味がなかった。逆に熱くなった気がする。



まあ、ここは山の中の田舎にあるから、
都会よりも大分涼しいんだけどね。
でも今日は異常に暑いなあー・・・。



アイスで体温を下げようともう一度かぶりつくと、
冷たい風がふいに通り抜けた。
クーラーのような冷気を含んだ風。

思わず目をぱちくりさせると、横からくつくつと
喉で笑う声が聞こえポカンとした表情のまま見上げた。



「ぷッ、変な顔。」



ぐにーと、私は俺様天使に頬を引っ張られた。
ちなみに先ほどの笑いに代わり、声をあげて笑い始めた。



「やべえ超おもしれえ。良くのびる頬だなー!!」


「まひ、ふたはれ!!」


「あァ?なに言ってるか分かんねえなあ。」



マジ、くたばれって言ってるんだよ!
畜生さっさと手を離せ!アイスが溶ける!!!
しかも私が何を言ってるのか分かってんでしょその顔!



アイスを持っていない手で俺様天使の右手を抓ると
しぶしぶとアヤツは手を離した。
ちなみに俺様天使はもうアイスを食べ終わったらしい。
アイスを包んでいた紙に棒が包まれている。



「涼しいだろ?」


「・・・・・・まあ、うん。」



そう、確かに先ほどからヒンヤリとした風に
身体が包まれているようで、暑さが引いていくのだ。
頬を引っ張られたのが腹立つので、長い沈黙の後に頷いた。



「これも、精霊の?」


「あァ。風を司っている精霊の力だ。だから俺様に感謝しろ。」


「いやいやいや、感謝すべきは精霊にでしょう!」



胸を張って偉そうに言う俺様天使にそうやって突っ込むと
俺様天使は首を傾けた後に、嘲笑を浮かべた。



「精霊は俺様に力を貸したがってんだよ。
んで、俺様に力を貸せて満足している。
人間も涼しくなって嬉しいだろう?
つまり最終的には感謝されるべきは俺様っつうことだ。」



そんな屁理屈がまかり通ると
思っているのだろうかこの俺様天使は。
ぐりぐりと米神を解して、食べ終わったアイスを紙に包んだ。






(自意識過剰もいい加減にしたらどう?)