15

火を放った人は何処




出されたスパゲッティーを口に運んで咀嚼すると、
眉間に皺を寄せた俺様天使がコップに口をつけていた。
そして、手元でコップをぶらぶらと手持ち無沙汰に揺らしてから
はたから見れば綺麗で鮮やかな、私から見れば腹立つ笑顔を浮かべた。

そこで頬を染めてる見知らぬ女性、騙されるな。



「呑気になに一人で食ってんだよ。」


「だって食べても食べなくても同じなんでしょ?
それなのに態々頼むのはお金がもったいないじゃん。」



ぴしゃりとそう言うと、俺様天使はそういえば、と自分が言った言葉を思い出し、
まァ、確かにと呟いた為に、私はこの話しはこれで終わりかと
思っていたが、それはどうやら甘い考えだったようだ。



「だけど、人間は天使に貢ぎ物を捧げるべきだろう?」


「べきじゃないです。」



聞く耳を持たないようにそうさらりと流したが俺様天使は
それでも口を尖らせて、寄越せ寄越せと馬鹿の一つ覚えのように連呼してくる。


そろそろ周りの客の視線が辛くなってきた・・・。


フォークをかちゃりと置き、口元をナプキンで拭いてから
すみません、とウェイトレスを呼んでもう一つの注文の品を先に
持ってきてもらうように頼むと、ウェイトレスは是の意を示し下がっていった。


未だに俺様天使の目線は私のスパゲッティーへと注がれている。
他人が食べているものの方が美味しそう見えるという心理は確かに
自分自身も体験したことがあるから理解できるけど。


ふう、と溜息を一つ吐いてから、俺様天使注目筆頭株ならぬ筆頭皿を
ヤツの前まで押し出すと、ガバっと顔をあげて私を見た。
翠色の瞳が何かを期待するかのようにきらりと煌めいて見える。


待て、をされている犬なのかこいつは・・・。


肘をつきながら俺様天使を観察していると、
フォークで巻き取ったスパゲッティーを怖ず怖ずと口の中に運んでいく。


あーああ、何て満足そうな顔をしているんだろうか。


ふっと思わず口を緩ませると、プリンカフェが運ばれてきた。
肌色のぷるるんとしたボディーに茶色のカラメルソースが
ふんだんににかけられていて、とろりとボディーを滑って行った。
ウエハースが二つチョコクリームにささっている。
チョコレートとバニラのクリームのコントラストを彩るように
透明な容器からコンフレークが見え隠れしていた。



ウエハースを一つつまみ上げ、クリームを付けて食べると、
サクッとした食感と甘く冷たい感覚が口の中に広がった。

ふふふと頬に手を当てると俺様天使が残っていたスパゲッティーを食べ終え、
何か怪しいものを見るかのように私を半眼で眺めていた。



「食べ終わったの?」


「あァ。」


「ふーん、じゃあこれ食べなよ。」



手に持っていた残りのウエハースを気にかけながらも
カフェを俺様天使の方へと先ほどと同じように渡すと、
きょとんと間抜けな顔をした。



「もともとこれアンタにあげるつもりだったし。」



食べて良いよ。と続けざまに告げる。
一瞬眉を潜ませた俺様天使は、素直にこくりと小さく頷いた。



「ほら、そこにスプーンがある・・・って。」



軽くひっぱられ、顔を思わずあげると、
ふいに視界いっぱいに金色のふわふわとした髪が広がった。
そして、ウエハースを持っていた冷たい指先を熱いものが静かに這ってくる。
反射的に腕を引っ張って身を後ろへ下げようとしても、
右手が強く掴まれていて動かすことが出来なかった。

真っ白になった頭が、掴まれた右手の熱さを伝えてくる。
息を浅く吸い込んだ所で、熱いものが
名残惜しいかのようにぺろりと指先を舐めていった。

指先を呆然と眺めてから、離れていく俺様天使に視線を向けると、
先ほどまで自分の指先を這っていったであろう赤い舌が、
酷く扇情的にちろりと見え隠れした。


俺様天使は私の視線に気がつき、白い指で口元をすっと拭った。
そして、満足そうに笑いながら言葉を紡いだ。



「甘いな。」


「・・・・・・!!!」



その一瞬に、ぐわァアあと怒りやら恥ずかしさやら色んな気持ちから
頬が熱くなってくるのに気がついた私は凄い勢いで顔を下へと逸らした。












(一体何なんだこの変態天使は!!!)