若干重たいお腹を身体に引っさげつつも、
アウラは京の都をぶらぶらしていた。
流石にうどんを二人分は辛い・・・!!
うぐうぐしながらもカロリーを消費しようと必死である。
そしてふと最近似たような道しか歩いていないことに
気が付いたアウラは違う道を歩こうと
見知らぬ路を今闊歩しており、
彼女はぽつんと田んぼの真ん中で立っていた。
大樹公がおわする二条城の界隈から
気の向くままに歩いていたら
こんな所に来てしまったのである。
ちなみに大樹公とは、将軍、徳川家茂のことである。
延々と続く水路の中の
小さな魚たちを追いかけると、
ふと子供たちの遊んでいるだろう声が
聞こえ顔をあげようとするが、
突如頭に強い衝撃を受け蛙が潰れた時の様な
ぐえっという声をあげて地にふした。
「Wha・・・What happen!?」
ッ痛いねえ地味にー!!
若干ぼやけた瞳を彷徨わせると
視界の端に所々欠けている下駄を
一つ見付けた。
「す、すみません大丈夫ですかー?」
こっこっこと片足飛びで近付いて来た青年の足元を見ると、
左足には下駄が履かれており
右足にはその存在がなかった。
つまり、自分の頭に猛烈な勢いで
ストライクし、あそこに放り出されたままの
下駄はこの青年のものなのだろう。
というか、こいつ団子屋で甘党の男と
一緒に居た奴じゃないかねえ・・・?
確か名前は・・・。
「あの、大丈夫ですか・・・?」
「・・・・・・大丈夫です。」
「いえ、頭を見せて下さい。
思いっきり下駄があたってしまったんですから。」
「いえいえいえいえ。大丈夫です・・・!」
すりすりとたんこぶになっている部位を
労わるようにさすっている手を
青年が優しくどかし、静かに頭に細い指を這わせた。
ひりっとした痛さを感じつつも
ゆっくりと髪を掻き分けるくすぐったさに
身をよじろうと一歩足を下げた瞬間、
「あぁあああ!!」
と子供の声がした。
「なにしてはるんや総司兄ちゃん!」
ああ、そうそう。
――・・・“総司”だ。
だだだ、ともの凄い勢いで駆け寄って来た小さな男の子は、
その勢いを止めないまま総司に体当たりした。
「勇坊、鬼事で自分から鬼を捕まえに来てどうするんですか?」
「勇のせぃやないもん!」
「あれ、そうなんですか。
それなら自分のせいですかね。」
腰にがしりとしがみつき、
ぷくりと、頬を膨らませている勇坊と
言われた少年の頭を宥めるように
撫でながら総司は勇坊を見下ろした。
「勇坊、少しの間だけ抜けてもいいですか?」
「ええー、なんでやの?」
「自分の下駄がこのお姉さんにあたってしまったんです。
たんこぶが出来てしまったので冷やさないと、ね?」
脇の下に手を入れて抱き上げながら
顔を覗き込みながらそう言い聞かせると、
勇坊は総司の瞳をじいいと見ながら次いで
アウラをちらりと一瞬だけ視界に入れ
ぐりぐりと総司の肩口に顔を埋めた。
「・・・しゃぁないから、勇が総司兄ちゃんの
替わりに鬼やっとくわ。」
「あの、良いんですか?」
「大丈夫ですよ。勇坊が鬼やってくれるみたいですし。」
「え、そういう問題ですか?」
「え、じゃあどういう問題なんですか?」
ぴょんっと元気よく総司の腕の中から飛び降り
『壬生寺』と書かれた境内に走り去っていった勇坊の背中を
見送ったあと、横に並んで歩く総司に話しかけた。
しかし、検討外れな答えが返ってきてアウラは口を噤んだ。
というか、たんこぶ如きで態々面倒臭い男だなコイツ。
思わず出そうになった溜息を慌てて呑み込むと
総司がすぐさま足を止めた。
その前には立派な門構えの家がある。
入り口には「会津藩御預 新選組」という標識が
これ見よがしに存在を主張して掛けられていた。
『会津藩御預 新選組』って書いて
なんて読むんだろうねえ?
小首を内心で傾げていると
何の躊躇もなく、さも当たり前のように
総司がその門の中へと進んで行き、振り返った。
「・・・ええと?」
「――どうぞ。遠慮せずに入って下さい。」
それを聞いて素直に総司の背を追って
アウラが敷居を踏み越えたのを見て、
彼はその口元に静かに笑みを浮かべた。