最近、僕が師と仰いでいる松陰先生のもとに
玲という幼子が泊まりにきている。
先ほど講義が終わり、晋作は他の者たちと今日の講義について
話し合う為に膝を向き合わせていると、ふいに講義室の傍にある庭から
こっそりとこちらを覗き込んだ玲と瞳が交錯した。
吃驚したように顔を引っ込めてしまったけれど。
円卓を囲うが如く座っている者たちへと一通り目を通した後、
一瞬考えた素振りを見せると、荷物を纏め始めた。
それにその集団の中の青年が目敏く気がつき口を開く。
「今日は参加しないんですか高杉さん?」
「ええ、止めておきます。」
『防長第一流の人物』と松陰先生に評された久坂玄瑞と
日々競わされているのにも関わらず、自ら久坂さんに勝ちを譲るような
僕の珍しい言葉に真向かいに座っていた栄太郎がこちらをじっと見ている。
晋作が少ない荷物を纏め終え、立ち上がると先ほどの
青年がまたもや吃驚したような声をあげた。
一体今度は何なんだと晋作が顔をあげると
栄太郎が荷物を肩にかけて立ち上がっていた。
何でこう察されるのでしょう、とふっと頬を緩ませ、集団に背を向けると
「四天王のうち二人が先に帰るだなんて・・・!」
という恐々とした声が聞こえましたがそんなのは無視です。
今日は小五郎も居ないことですし、
久坂さんにでもご教授を請えば良いでしょう。
さて、栄太郎。小さな女の子は一体何して遊ぶものなのでしょうか?
昨日のお団子美味しかったね。
どこにあるか教えてくれない?
という玲の感想に対して、アウラは昨日偶々見つけた
団子屋を探し回ってようやく辿り就いた所だった。
首もとがなんだかヒリヒリする。
変な違和感に首を傾げ、足を踏み入れた。
座敷に通され茶を啜りながら、アウラは団子に出会った時をしみじみ思い出した。
最初はパンを潰したものか、はたまた小麦粉を固めただけのものかと思ったよ。
余裕ぶっこいて全部口の中に突っ込んだら、噛みきれないし、伸びるしで
瀕死状態に陥られたしね。ああ、玲あの時はありがとう。お茶をくれなかったら
喉に指突っ込むところだったよ・・・。
団子に喰らわされた衝撃と、茶の苦さに顔を歪めた時、
お盆を持った女の子がこちらへ近づいてきた。
おや、もう支払いかねぇ?と懐に手を伸ばし、
一串4文だから、玲へのお土産も合わせて24文か。
ああ、でも心付きが実はいるとか言ったらどうしようか、うーむ。
と、表情に出さずに悩むと、女の子が困ったような顔をして
アウラの傍で立ち止まって声をあげた。
「すんまへん、相席でもええどすか?」
「え、ああ。構いませんよ。」
勘定じゃなかったのか・・・。と懐から手を離し、
あと二つ団子が刺さっている串を片手に持ち頷いた。
女の子の後ろにいる二人組が相席者であろうと大体の検討をつけ
ぱくりと団子に食いついた。
「ありがとうございます。」
隣に座った二人組の一人がきっとこちらに向けて送っただろう
言葉にアウラは串を揺らしながら視線をずらすと、
そこには落ち着いた色の小袖を着ている少年の面影を残した青年が座っていた。
その向かい側には西洋人並みの大きさを誇る男がいる。
瞳を微かに青年は細めると、アウラが持っている串団子に気がついた。
「美味しそうですね。それどの団子ですか?」
「・・・これは砂糖醤油のですよ。」
「そうなんですか。あ、お嬢さんー!砂糖醤油の団子を2串お願いしますー。」
「待て待て待て!私はまだなんも決めとらんぞ!」
青年がニコニコと告げると大柄の男が横から口を挟んだ。
唇を尖らせながら青年へと詰め寄る男はよく見てみれば中々愛嬌がある顔である。
「これはすみません。島田さんは全部選ぶと思ってました。」
悪びれもなくそう告げた青年に、島田というらしい男は、うっ、と言葉に詰まると
いそいそと店にある団子を一串ずつ全て頼むとお店の女の子に告げていた。
アウラは横目でそんな様子を眺めていたが、
島田に届けられた団子の量にコッソリと頬を引き攣らせた。
しかし、十分に甘い団子に島田が白いざらざらとしたものを
振りかけたのを思わず捉えると、飲んでいたお茶が器官に入り
ゴホゴホと咽せ込み、顔を二人組から逆方向へ反らしながら呼吸を落ち着かせた。
青年が心配そうにこちらを見ているだろう視線が中々に痛い。
「大丈夫ですか?」
「あ、はは。大丈夫、です。」
まさかこんな所にもクレインと張り合える位の甘党がいるとは
全く思っていなかった・・・と心の中で感動したかのように嘆息した。
そんなアウラの胸中を知ってか知らずか、再度青年が話しかけてきた。
「そういえば、あなたに会ったような気がするんですよね。」
「・・・ええと、人違いじゃないですか?」
口元を拭い青年の方を見ずに、きょとりと首を傾げると、
青年は一瞬だけ瞳に鋭さを垣間見せたが、
アウラが気がつく前にすぐにその色は消え、可愛らしく小首を傾げ、
そうですかねー。とスッキリしない顔で団子に手を伸ばした。
だが、手に取ろうとしてた団子が、ふいに消えた。
「しーまーだーさーん?」
「おおお、ほうひはんはほうひ。」
「ああ、まったくもう。口に物を入れたまま喋らないで下さいよ。」
しかもそれ、自分のです。
そう言葉を繋げ、青年は半眼で島田を睨め付けた。
島田は睨め付けられながらも、もぐもぐと口を数回動かすと
喉仏がごくりと小さく動きをみせた。
「いやー、ついつい視界に入ったもんで。
・・・・・・・ふええいッ、すまん総司!!!」
「自分は別に構いませんけど、制限以上に団子を食べたのが
土方さんにバレたら、ちぃっとも甘くないお説教が待っていますよ?
こっちに来ぉおい島田魁ぃい!って。」
二人の会話を聞いていてアウラは合点が付いた。
愛嬌のある顔をほにゃりと緩ませ、幸せそうに団子を頬張っていたが、
今の台詞で真っ青になった甘党の男が、島田ではなく島田魁ということと、
少年の面影を残した幾らか華奢な青年が総司ということが。
だが、先に団子を食べ終え、団子屋を出て行ったアウラは
相席になったこの二人のことを、直ぐさま忘れ去った。
ずっと先に、この二人が中心にいる大きな騒動に巻き込まれることも知らずに。
ふと、アウラはおもむろに振り向いた。