息を殺せ。
身を巡る全ての流れを感じ取ったならば
小さく小さく、掌に集めたものを
慈しむように握りしめて、
崩れ落ちるように。
ぴんと張り詰めたその空気は、
まるで、ぎりぎりまで伸ばしきられた細い繊細な糸。
少しでも身動ぎすると何かが壊れる
そんな侵すことのできない聖域のようだった。
固まった指先がぴくりと跳ね上がり
無意識に喉を鳴らす。
刀を振り上げる二人がいる世界から
自分が切り離されたような感覚に陥る。
「おいおい新八ー。助太刀してやろうか?」
「うっせえ!つうか助太刀っつうよりは
左之助の場合助槍だろ!」
あっけらかんと聖域を侵した左之助に、
新八の刀の切っ先が竜馬の首から顎を突き上げたが、
寸での所で頭を後ろに下げ身を捩った。
再度、足を一歩踏み込む。
「おいおい避けんなよ坂本ォ。
今必死なんだぜー?新八が。」
「あほう!わしかて今必じゃ!!」
「左之助ー!おまえちょっと黙れ!
つうかなんか腹立つから切腹しろ!」
「のお!女子は大事にせんといかんと
わしは思っちょるが、おまんらはどう思う?」
「そらァ、ガキと年寄りとオンナは世の宝だろうが。」
「つうか、てめえの場合は俺の宝だろうが。」
「嫉妬かよ新八ー。
大丈夫だ、お前も俺の宝だ!!
今そう決めた!!」
「今かよ!?
つうか嫉妬してねえよこの甲斐性なし!!
ッだあ!避けるな坂本!!」
刀が噛み合う度に、一歩二歩と移動する新八と
竜馬を視線が追うが、竜馬の視線が
新八を超えた向こう側にずれた瞬間、
好気とばかりに新八は足を一歩前に踏み出した。
「これで終まいだ!!」
「!!」
刀の切っ先が息をつめた竜馬を掠めると誰もが思った時、
突如ぼふんと視界が真っ白に包まれ視界を奪われた。
咄嗟に袂でアウラは鼻と口を覆いしゃがみこもうとしたが、
がっしりとした誰かの手に腕が掴まり引っぱられた。
「わしじゃ。大丈夫じゃ。
巻き込んですまんかった。」
耳元で囁かれた台詞に振り払おうとしていた手をから力を抜いた。
「おんし、わしについてこい。」
「は?え?えぇえ!!」
眼を見開きすぐ上にあった竜馬の顔を見上げると、
彼はカラリと笑ってアウラの腕を引っ張り走り出した。
つられる様になりふり構わず
アウラも自分で走り出し、角を曲がる瞬間に
視界の端にまた白い煙がのぼった。
白い空間に左之助は眉根を寄せ身動きがとれないでいた。
手に持つ槍の感覚を味わいながら体制を
低くして五感を研ぎすませる。
刀に手を這わせながら息を殺していると、
うっすらと煙が風にさらわれて視界が晴れてくる。
そうしてじっとしていた左之助は、
刀を鞘に納め膝に手を当てて
項垂れている新八を見つけた。
突如彼は両手を天へ突き上げ、息を吸った。
「あぁあー、ったく逃げられた!!」
「オイオイ、だっせえなァ。」
「あぁ!?何もしなかった左之助に言われたくねえ!
つうか、左之助ぇ。あの女どこやったんだ?」
「は?」
新八との応酬ににやにや笑っていた左之助は
慌てて振り替えったが、傍に居たと思っていた
アウラは居なかった。
眉根を寄せながら新八が羽織に付いた
白い粉のようなものをパタパタと払いながら左之助に近寄る。
「あの女、坂本の仲間か?」
「さあな。けどよ、さっきまでは確かに
そこに居たんだぜ?俺たちから逃げる必要あるか?」
「きゃー、壬生狼!とかつってトンズラしたんじゃねえの。
けど、見かけたらちーっと話を聞かねえと
なんねえってことは確かだろ。」
「ココじゃあ誰が誰を匿ってるかわかんねえしな。」
「うっし、じゃあ取り敢えずは土方さんに報告だな。」