クレインは胸元のネクタイを若干緩め、
用意された馬車までの道のりを進んで行った。
前を歩くミックの背に問いかける。
「一体なぜ手を貸す?」
「・・・さーなあ。実際俺にもよく分からねえんだよ。」
アウラは白いタキシードを脱ぎ散らしながら
クレインのベッドに寝転びレモンを口いっぱいに頬張っていた。
仕事後のレモンは美味しいねぇ〜幸せだねぇ〜最高だねぇ〜
あぁあこれが仕事後の一杯ならぬ一口なんだねぇ〜。
「おやぁ?フィンどうしたんだい?そんな顔をしちゃって〜。」
アウラはさっきから自分を凝視しているフィンに声をかけた。
「い、いえ。」
「わたくしのフィンを苛めるのは許さないわよアウラ。」
イョは自身の大人しい執事フィンの前に視線を遮るように立ったが
頭一個分フィンより小さい分イョの行動にさして意味はなかった。
アウラはニヤリと笑ってから檸檬の種をぷっとゴミ箱にとばした。
「イョ君の寵愛をうけてるねぇ。」
「初めての直属の部下ですしね。フィンは有能だわ。」
「いえ、まだまだいたらない所があります。」
少し慌てた様子を見せたあと頭を深々とフィンがさげると、
クレインはコーヒーに6個目の角砂糖を投入する手を止めてから
感慨深げにほうと息をついた。
「礼儀正しいやつを部下に持ったな」
「ふふ。わたくしもそう思うわ。」
溶けきらないだろう量の砂糖が投入されたコーヒーを、
いや、コーヒーでなく何か別の飲み物になっている液体を
軽くクレインはかき混ぜてから口に含んだ。
アウラはそれを見ながらふと思い出したように
脱ぎ散らしたタキシードを手にとって内ポケットから小箱を取り出し
クレインに手渡そうと手を伸ばした。
「この贋作、とりあえずロンドン支部まで持って行ってくれないかねぇ?」
「・・・・・・残念ながら支部長が直々に取りに来るそうだ。」
アウラの伸ばした手が氷付いたかのように硬直をした。
ポトリと手から小箱がこぼれ落ちた為に、慌ててフィンが受け止める。
ひくひくと口の端をひきつらせながらアウラは口を開いた。
「敢えて聞くけど、どこにだい?」
「敢えて答えるが、ココにだ。」
互いに瞳に光るものを浮かばせてアウラとクレインの視線が混じりあった。
「・・・君の愛砂糖に誓って本当かい?」
「・・・お前の愛レモンに誓って本当だ。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
沈黙が二人の間を駆け巡ったあと、アウラは華麗に回れ右をして
瞬時に駆け出せるように足の裏に力を込めて地面を蹴った。
だが、肩に力強くめり込むクレインの長い指に逃走を阻止された。
「離せクレイン!!」
「誰が離すか!道連れだ!!」
「クレインが大人しく喰われりゃいいだろう!」
ぎゃあぎゃあと喚きついに手が出だした二人に
別室にいた玲が入ってきて首を傾げた。
とりあえず、微笑みを口元に浮かばせ見守っているイョに声をかける。
「何が起こったんですか?」
「いつものじゃれあいですわ。それよりレイ、
今から何があってもフランスに関わる発言は避けなさい。」
イョに囁かれた玲は疑念を顔に浮かばせるとフィンと目があった。
フィンは玲の表情を読み取って困ったような微笑みを返し、
アウラとクレインに視線を戻してから、一人部屋を退出した。
「アウラ!貴様俺の髪を掴んでいる手を離せ!!」
「禿げろこの甘党!」
「甘党で何が悪い!チョコなどの甘いものはエネルギーにかわるんだ!
例えば蜂蜜には消毒作用と美白効果があるんだぞ!
というかロンドン支部長の方がパリ支部長よりましだろ!!」
ハッと息を呑んだ後、クレインの長い髪を掴んでいた手をアウラは離した。
「確かにそうだけど、そういうことじゃないんだよクレイン。」
小さく呟き、俯いたアウラにクレインは何事かと思い肩を掴んでいた手を離した。
そしてアウラはふらりと扉にもたれ掛かり掌を力強く握りしめた。