玲は人々の大きなざわめきや叫び声を聞き任務終了を確認すると、
仕掛けておいた小型機械を回収に屋根裏を駆けた。
設置したもの全て取り外し、腰元のポーチに仕舞い込み屋根裏から飛び降りた。
「クレインさん!」
「そこの部屋が開いている。急げ。」
クレインがいる個室に飛び降りた玲はこくりと頷き手渡された袋を
抱え込みもう一つの部屋に飛び込んだ。
クレインが椅子に座ると同時に、扉をノックする大きな音とともに
何人かの男達の声を捉えた。
「スコットランドヤードの者だ。失礼する!」
そう言ったと同時に部屋に入ってくるヤードに
クレインは椅子から立ち上がり睨み付けた。
「返事も聴かず入ってくるのが英国紳士のやることか?」
「すまないとは思うが、こちらも緊急事態なんだ。
さっさと部屋を見聞させて頂きたい。」
「一体何があった?」
「今はそのようなことを話す時間など無い。」
ずかずかと部屋に入ってくるヤードにクレインは胃が痛くなった。
レイが別室で着替えているんだぞ!
思わず腹に手をあてると、玲が別室から顔を出した。
ヤード達を見てきょとんとした顔をしたが、すぐに背を正し
コホンと咳をしてから口を開いた。
「スコットランドヤードがヴィンセル様に何用ですか。」
燕尾服を着こなした玲にクレインはホッと安堵の息を吐いた。
いつもより低い声に少し違和感を感じるがそこは流すとする。
「部屋を検めさせて頂く。拒否をすれば連行することも辞さんぞ。」
「あーはいはい、ちょっとそこどいてくれるか?
こんなことしてたら時間の無駄だ。
俺が検めておくからお前らは次ぎに行けって。」
ヤード達の後ろからフィンの上司でもあったミックが姿を現した。
ミックの言葉にヤード達は頷き、次ぎの部屋の方へと走っていく。
さあてと、と視線を合わせてきたミックに玲とクレインは小さく身構える。
玲は忍び衣装を唐突のことながら隠しておいたが、
それが見つかると色々と追求されるのは免れないだろう。
ミックは後ろ手に扉を閉め、俯いたかと思ったらニカリと笑みを二人に向けた。
思わず二人とも眼を開くが、それも一瞬のことで警戒は怠らなかった。
「お前がアウラの仲間だよな?」
「・・・は?」
思わず素っ頓狂な声をクレインがあげると、ミックはそうかそうかーと笑った。
「いやあ、眼鏡と長髪と甘党とだけしか教えて貰ってないから、
ちょっと心配だったんだが、間違ってないようだな。」
「お前は誰だ?」
訝しげな表情を浮かべたクレインにミックはポンと手を打った。
「そうか、俺のこと知らないもんな。
俺はスコットランドヤードの警部補ミック。
そんで、可愛いわんこなジャックの友達だ。」
白いマントをはためかせアウラは夜のロンドンを駆けた。
煉瓦を踏みしめる空虚な音が耳にすっと入ってくる。
ふと、モノクル越しに金色を捉え屋根伝いに駆けていた足を止めた。
ふっと顔をあげると、金髪の若い青年が行く手に立ちふさがっていた。
青年は、うーんと首をひねってから頬に手をあてた。
「あれ、本当に会えちゃった。
困ったなあ・・・。僕だけズルいとか言われそう。」
心底困ってるようにうんうんと唸りだした青年は
まあ、良いやと呟くと顔をあげてニコリと笑った。
「あのですね、聞きたいことが一つあるんですよ。」
「このような綺麗な月夜には、
美しい女性と語り合うのが乙というものじゃないですか?」
アウラは口元に笑みを浮かべ、
青年を見据えたまま一歩だけ後退し、シルクハットを抑えた。
「残念ですが男性には興味が無いんです。これにて失礼。」
屋根からアウラがひゅっと飛び降り、青年は慌てて屋根上から下を覗き込もうとしたが、
突如白い煙が視界を覆い青年は反射的に口元を抑え拗ねたように声をあげた。
幾秒か後にロンドンの冷たい風が煙りを払いあげると、静まりかえっていた煉瓦道だけが佇んでいた。
「あーああ、逃げられちゃった。
会った上に情報も聞き出せなかったって分かったら怒られるかな?
あ!でもそうか、会ったって言わなきゃ良いんだ。
それに元々僕らの仕事は怪盗探しじゃなくて人探しだし。
アウラって子、どこにいるのかなー。」
屋根の上でしゃがみ込み、昔見せられた肖像画をふと脳裏に過ぎらせて
青年は、口元を手でおさえて小さく欠伸をもらした。