玲は暗闇で息を潜めながら、太もものホルダーをするりと撫で上げ
耳元の通信機より伝わるサインを静かに待った。

そして、ついにその時がきた。

ホルダーから銃をくるりと取り出すと小さな水音が響く。
手元に握られている銃には水が注がれているのだ。

そう、つまり水鉄砲、水銃である。

集中するように呼吸を止め計算された角度に銃身を傾け、
引き金をひいた。








イョは自身に声をかけてきた御曹司である青年達と
ウェルコート卿がいる近くで談笑をしながら今か今かとある事を待ち遠しく感じていた。


きらびやかに輝いていたシャンデリアの火が途端に消える。



「紳士淑女の皆様、ご機嫌麗しゅう存じ上げます。」



どこからかきこえる声にパーティーの参加者達は顔をあげると
月の光に照らされている純白を纏った者が瞳に飛び込んできた。
中性的な顔を持つその者の登場に沈黙が奔る。
シャンデリアに座りながらその者、アウラはニコリとシルクハットを押さえながら笑うと、
片眼につけていたモノクルがキラリと光った。

その純白の姿を改めて目の当たりにした会場に大きなざわめきが生まれる。



「あれが、Phantom thief!」


「本物なのかしら!?」



アウラは、ざわめきに答えるようにシャンデリアから軽やかに飛び降りると、
その近くに居た貴族達が、道を空けるように後退った。
ふわりとマントがアウラを包み込むように舞い降りる。
さらりと襟元で一つに縛っている髪が肩から雫のように零れ落ちた。



「今宵は予告状通り眠れる姫の蒼き指環を頂きに参上しました。」



人差し指と中指に挟んだ一枚のハートのエースに口づけを落とし、
くるりとひねると、トランプを持っていた手から色とりどりの花束が現れた。
近くにあったグラスの中にそっと飾りあげ、周囲を眺めたアウラは肩を竦めた。



「おやおや、これはまた随分なご挨拶ですね。」



自分に向けられている黒いものに困ったような口調でそう言うと、
パーティーの参加者に紛れこんでいたヤード達が群衆の中から姿を現した。
全ての銃口はアウラに向けられている。

会場の客達が小さな悲鳴をあげて、アウラから離れるように壁際に寄った。
自分を中心にぽっかりと開いた大きな空間に
Phantom thiefと呼ばれた怪盗、アウラは
避けも隠れもせずにコツンコツンと一歩ずつ歩きだす。



「止まれ!」



アウラはそれでも歩みを止めない。
むしろヤード達を煽るが如く瞳を細め、微笑んだ。



「撃ってくださって構いませんよ。
・・・ああ、貴婦人方には万が一でもあてないで下さいね。
美しい顔に傷でも負わせたら心苦しいですから。」



アウラは白マントをはためかせ今回のパーティーの主催者の元へと向かって歩く。
ウェルコート卿は面白そうに腕を組みながらアウラの様子を観察する。

銃を構えた若いヤードは上司の許可を煽るように
視線をむけると老齢の紳士は客たちが十分に距離を取っていたことを確認してから静かに頷いた。

若いヤードを筆頭にアウラを取り囲んでいたヤード達がすぐさま銃の引き金をひく。

続くように何回かの銃声と叫び声に会場がつつまれ、
貴婦人達は脳裏を過ぎらせた惨状に両眼を瞑った。
しかし、



「は、・・・花・・・!?」



ヤード達が慌てたように喚き立てると
アウラは、くすりと笑い手袋をはめた手を口元にもっていった。



「困ったヤード達ですね。誰に悪戯されたんですか?」



ヤードたちの銃口からは一輪の赤い薔薇が咲いていた。
アウラは、混乱に陥っているヤードを見て、艶やかな微笑みを浮かべた。
そして緊張が走る中、三枚のトランプを胸ポケットから取りだし
クシャリと角を折ってウェルコート卿を囲むように三方の床へと飛ばす。

原点とするように白い煙が突如空間を呑み込み、
その空間にいた人々は反射的に手で口を覆い、目を瞑り息を押し殺した。
ウェルコート卿もハッとして手を動かそうとするが、何かに一瞬掴まれた。



「くそッ!」



廊下側にいたヤードが悪態を吐き咄嗟に扉を開けると
視界を埋め尽くしていた白い煙がすいこまれるように廊下側に広がる。