「何だねこれは。」
「今朝方届いたもので御座います。」
「そんなことは分かっておるよ。」
溜息をついたウェルコート卿に執事は柄の方を向けてペーパナイフを手渡した。
落ち着いた雰囲気の仕事場にいたウェルコート卿は
緩慢な動きで受け取り刃を封に滑らせた。
中には上質の羊皮紙一枚が折りたたまれていた。
微かな香水の匂いが鼻を擽った。
センスの良さに内心感心しながら内容へと視線を向ける。
手を口元に持って行き考えるような仕草を見せたあと、
心底面白そうに、くつくつと笑った。
「これに乗るのも一興。
今から準備をせねばならぬな。」
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親愛なるウェルコート卿
ショーは大勢いるからこそ盛り上がるもの
そうは思いませんか?
Phantom thief
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イョは届けられた一通の手紙に困ったように微笑んだ。
ドレスの裾を一度おさえ立ち上がり、偶々見かけたフットマン、従僕に
馬車の用意をするように言付けた。
数十分間馬車に乗り続けると、揺れが収まった。
馬が鼻を鳴らす音を聞きイョは髪をかき上げた。
静かに開けられた扉から乗馬従者が手を出すと、その手を使って
馬車から静かに降りた。冷たい風にふわりとショールがゆれる。
小さく身体を竦め、ホテルの扉をくぐり抜けた。
重厚な木製の階段を一歩一歩上がり、鞄に仕舞い込んでいた
一枚の紙を取り出し、きょろきょろと周りを見た。
そして暫くして奥まった所にあった一つの扉の前で足を止め、
部屋のナンバープレートを確かめた後、扉を軽く叩いた。
中から扉を開けたその人は訪れたイョに眼を瞬かせた。
「こっちに来るなんて珍しいな。入って良いぞ。」
「ありがとうクレイン。失礼するわ。」
クレインに部屋に通されたイョは近くにあったソファーに腰を下ろした。
「あら、大分髪が伸びたわね。」
「最近切ってなかったからな。」
首を傾けて見せたクレインの襟元で縛られた髪がさらりと肩から零れた。
「今度わたくしの邸にいらしゃって?切るわよ。」
「暇があったら頼む。」
こくんと頷いたクレインにイョは微笑んでから
今朝届いた手紙を鞄の中から取りだしクレインに手渡した。
「なんだコレは?」
「ふふ、授業参観の招待状よ。」
嫌な予感がする、と顔を覆ったクレインにイョは、綺麗に微笑んだ。