薄暗い部屋の中、窓を閉め切った状態で玲は、いそいそと手を動かしていた。


こんこん、と扉をノックする音に作業する手を止めて、どうぞと声をあげると
マグカップを片手にクレインが顔を扉から出した。
マグカップから立ち上る湯気が、ほわんと空に溶けていっている。



「終わりそうか?」


「はい。指輪の方に切れ込みを入れたのであとは中身を取り出すだけです。」


「流石だな。仕事が早い。」


「いえ!そんなことないですよ。」


「謙遜するな。真実だ。」


「それは・・・、ありがとうございます。」



机の横の邪魔にならない所に、ことんと置かれた
マグカップに玲はクレインを見上げた。



「中身はココアだ。息抜きでもしたらどうだ?」


「もう直ぐ終わるのでその時に頂きますね。ありがとうございます。」



小さくぺこりとお辞儀をして玲はピンセットを工具箱の中から取りだした。
クレインも机を覗き込むが、蝋燭の仄かな光だけでは中に入ってるだろう
紙か何かを目視することが出来なかった。

ピンセットを使って慎重に切れ込みに入れてみたが何の感触もない。



「・・・あれ?」


「どうした?」



小首を不思議そうに傾げた玲にクレインは問いかけた。



「いえ、あの連盟証って言ってたので、中に
紙かなんか入ってると思ってたんですけど、無いんです。」


「無い?」


「入っていたという痕跡はあるんですけどね・・・。」


「・・・つまり、中身を他の誰かに取られたということか?」


「多分、そうだと思います。」



しん、と沈黙が駆け巡り、雨の音だけが部屋に響いていた。



「まあ、それも予想の範囲内だったけどな。」


「?」


「なぜウェルコート卿がマフィアの
連盟証の入った指輪を手に入れることが
出来たかを推測してみれば分かる。」


「・・・!」



玲がある考えに辿りつき、ハッとクレインを見上げた。



「まず元々こっちの任務の方は組織の仲間が
失敗して俺達に回ってきたものだ。
そいつは指輪を奪取するのには成功したが、途中で誰かに殺された。
その時にその誰かによって持ち去られた可能性が高い。」


「つまりこれは偽物だと?」


「いや、アクアマリンの形状、色の深みからして本物に間違いない。」



「じゃあその誰かは連盟証だけを取り出して、また元に戻したと言うわけですか?」


「ああ。死体にでも戻したんだろうな。
それを物取りが裏ルートで売買して巡り巡ってウェルコート卿の所に行ったんだろう。」


「戻す必要性が思いつかないのですけど・・・。」


「必要性なんて元からないんだろう。ただ、俺達をおちょくってやがるってことだ。」


「成る程。だからこの指輪、少し歪な所があったってわけですね・・・。」


「追加任務、失敗だな。」


「一応、指輪切り開いてみます?」



頷いたクレインに、組織の一人、ルアン作の工具を手に取り
指輪の地金の部分に宛がった。
赤く光りをあげ、もとの銀色に戻る前にピンセットでゆっくりと開いていくと、
ある彫られた文字に気がついた。




お先に失礼!無駄足お疲れ様だな。
気がつかないまでせいぜい足掻いていろ。

ZZZ




「・・・。」


「・・・。」



ピキ、と血管が切れるような音を奏で、ポケットから取り出した板チョコを
黙々と貪り始めたクレインに玲は小さく苦笑してマグカップに口をつけた。





追加任務、何者かの手によって失敗に終わる。





「・・・チョコが切れた。」


「・・・買いに行きますか?」


「いや、まだ飴があるから大丈夫だ。」


「(・・・糖分摂取し過ぎだと思います。)」