キュンメルは木製の机の下で地団駄を踏み始めそうな足を必死に押し止めながら、
顔には喰えない笑みを浮かべた。


笑みがひくつかないことを心底祈る。


窓をちらりと一瞥すると、先ほどから降り始めた雨が
窓を伝って下へ下へと滑り落ちていっていた。

キュンメルは視線を戻して口を開いた。



「じゃあ、俺が動くんで、ブランドンさんは邸でお待ち下さい。」



なけなしの敬語を駆使して、そういうと
カポ・レジームのブランドンは怪訝そうに眉に皺を寄せ椅子に深くもたれた。
反対されるか、とドキリとしたがその思いとは逆にブランドンは肯定を返した。



「まあ良いだろう。だが失敗した場合、
責任は私ではなくお前が負うことを忘れるな。」



もとより承知と言わんばかりに肩をすくめてみせた。



「実際的なプランはあるのか?」


「まあ。あるっすけど。」



アウラとそこは相談しまーす、と内心でぺろりと舌を出したが、
表はいたくまじめな顔をして頷いた。



「どんなプランだろうとボスが欲している例のブツを手に入れさえすれば、
“何をしても構わない”のだがら、これほど楽な仕事もないな。」



キュンメルを見下すように口元で笑ったブランドンに、
今のも動きそうな右足を左足で踏んづけて、アハハと若干引き攣った笑いをもらした。
だが次の言葉で、ぴくんと眉をはねさせることになる。



「お前に私から2人程つけてやろう。」



チッ、と思わず舌打ちをしたくなった。


手伝い?ハッ、ただの監視役じゃないっすか!


机の下で握っていた拳を開いたり閉じたりしながら、
拒否の意を告げる良い理由を探し出すためキュンメルは脳をふる回転させた。

しかしながら、キュンメルは頭脳よりも直感で生きてきた男である。



「―何の話をしてんだ。」



突然聞こえた第三者の声にキュンメルが目を瞬かせて、
慌てて振り向くと、ジャックが機嫌が悪いのも隠さず、
じろりとキュンメルを見下ろしブランドンへと視線を向けた。
ブランドンは音を立てながら慌てて立ち上がり胸元に手を当て敬意を示した。



「これは、ジャック。ご無沙汰しております。
相変わらずご健勝であられること嬉しく思います。」


「挨拶は良い。それよりオレの問いに答えろ。」



服の皺を治し不機嫌なジャックにブランドンは少し戸惑ったが、
何事もなかったように口を開いた。



「ジャックもご存じのように、
この度この新人と仕事をすることになりまして。その打ち合わせです。」


「へえ。そりゃあ面白そうじゃねえか。
オイ、キュンメル。テメェ一人でやってこい。」



ニヤリと笑いながらキュンメルに告げたジャックにブランドンが口を挟んだ。



「ええ。こいつもそう言ってたのですが、
さすがに一人では無理だと思い私の部下二人ほど手伝いとして付けようかと。」


「手伝いだなんざ、いらねえよ。」


「は?いえ、しかし・・・。」



ブランドンがそこで口を閉ざした。
いや、口を閉ざざるを得なかったのだろう。
キュンメルも思わずその光景に息を呑んだ。



「ブランドン、説明を求めるな、ただ従え。
いつからテメェはオレに指図出来るようになった?」



忌々しいとでも言うように吐き捨てたジャックは
不愉快そうに髪をかき上げながら眼をスッと細めた。



「ブランドン、話はもう良いだろう?」


「はい。」


パタン、と静かに閉まった扉をキュンメルは視覚で確認し、
遠ざかる足音を聴覚で確かめた後に、「はぁあああ」と大きな溜息をつきながら、
ずるずると椅子からずり落ちた。