アウラは、街中を悠々自適に、気軽に闊歩していた。
なぜなら彼女の仕事は、任務当日ウェルコート卿の邸宅に大々的に現れ、
すぐに姿を消せば良いというものだからだ。
だって、そこにあるのはアウラには全く興味の無い贋作であるのだから。
(だけど、すぐに消えるのも今までのイョ君との苦労も水の泡だしねぇ。
何か面白いことでも、しようかねぇ・・・。)
本任務の方はもう佳境を迎え、追加任務の方は、あとは指輪を溶解し、
中から連盟証を取り出せば終わりだ。
その作業は、作ることは苦手だが分解することにかけては天才的な手先を発揮する玲に任せることにした。
こんなことなら、キュンメルに追加任務遂行を押しつける必要性はなかった。
と、アウラは人知れず口を尖らせた。
しかし、本任務のターゲットと追加任務のターゲットが、
まさか一つの指輪に一緒になってるとは考えなかったのだ。
だが、もしも、もとより知っていたらジャックをわざわざマフィアに
潜入させる為に裏に手を回すなんて面倒なことをしなくて良かったのだ。
それを考えると、多少なりとも損害を被ったアウラの機嫌が降下するのも明白であろう。
「あー・・・もう嫌になっちゃうねぇ。」
いろいろと考えを巡らせていたら、アウラは目的地にいつのまにか辿り着いていた。
邸宅を囲う塀の間を縫うように門がある。
そこに立っていた門番らしき人物が訝しそうにアウラを眺めていた。
「誰だ?」
「んー・・・っと、ハイ、これ。」
ごそごそと、ポーチから茶封筒に入っていた便箋を取り出し、
門番に見せると、門番は慌てて姿勢を正した。
「ああ、アンダーボスのお知り合いか。
失礼しやした。どうぞ入ってくだせぇ。」
あっさりと邸宅へと通されたアウラは、ちらりと後ろを振り向くと門番の男は、
もうアウラに興味がないとでもいうように、こちらを見てはいなかった。
門番の正していた姿勢が、だらりとやる気がなさそうに崩れた。
その姿を視界に入れた後、邸宅の方へ迷わず足を進めた。
エントランスホールに足を踏み入れると柱の陰から小さなこどもがひょっこりと顔をのぞかせた。
アウラと目が合うと、バッと柱の向こうに顔を隠したが、またおずおずと顔を出した。
アウラは、ふっと小さく笑い、腰をかがめた。
「悪いんだけど、ジャックがどこにいるか知らないかねぇ?」
ほら、これ。
そういってさっき門番に見せたものと
同じのを取り出し、見せると、こどもは、その便箋をじぃ、と眺めてから口を開いた。
「・・・・・・こっち。」
「ありがとう。私はアウラ。君の名前は?」
「・・・トム。」
「そうかい。男の子らしい名前だねぇ。」
アウラが、からかうようにそう言うと、トムは、小さい身体を震わせた。
トムに連れられて長い廊下を淡々と歩いた。
先の見えない廊下は静かで少し寂しい気もした。
所々にある窓から見えたのは暗雲とした空だけ。
そして、ようやく重厚な扉の前で歩み止めた。
トムが遠慮するようにコンコン、コンと扉をノックすると、中から返事がきた。
がちゃりと扉を開けると、ソファーにもたれ、机に両足を乗っけているジャックが視界に入った。
「偉そうだねぇ。」
「偉いからな。」
嫌みをさらりとジャックにながされ、何しに来た、とでもいうような瞳に
アウラは肩をすくめ、前に立っているトムをちらりと見た。
「トム、少し席を外してろ。」
「は、い。」
直ぐさま素直にその場を離れたトムにアウラは感心するように声をあげた。
「そんなとこ立ってねえでこっち来い。」
「はいは〜い。」
「・・・で?」
「・・・ちょっとねぇ。」
話し終えたアウラはジャックに出された紅茶を
すんすん、と嗅いでから
少しだけ口をつけた。
視線を感じると思い顔をあげてみると、ジャックが眉間に皺を寄せている。
「相変わらず、その癖は健在なんだな。」
「・・・、そうだねぇ〜。一昨日くらいも同じことを、言われたよ。」
「・・・前も思ったがその喋り方、オレの前では止めろ。」
苦虫を潰したようなジャックにアウラは、睫毛を微かに震わせて、
言葉を音にするまでもなく開きかけた口を閉ざした。
ジャックに会うたびに思い出す、昔。
本当に、嫌になるなあ・・・。
ジャックにそっと微笑みかけ視線を伏せ、
目蓋の裏に広がる一面の赤に強く眼を瞑ると、耳を劈く赤子の声がふと聞こえたような気がした。
「In the noble cause of peace.」
赤子の泣き声を這うように過ぎった低い声に
震え始めた手を叱咤するように、腕をもう片腕でアウラは押さえ始めた。
そんなアウラに、ジャックは椅子から立ち上がり、優しく腕を回し、抱きしめた。
母が子を愛するように、父が子を慈しむように、
できるだけアウラを安心させるように
優しく言葉を綴る。
「もう、いいだろ。」
ジャックはアウラの肩に静かに顔を埋め小さくつぶやくと、
ざぁざぁと、空からの雫が地を激しく打つ音が部屋に響いた。