「ジャック・ザ・リッパーの方に移動ですか?」
確認するように言われたことを再度自分で口にだす。
<ここはスコットランド・ヤード。
フィンは自分のディスクの横に立つミックを見上げた。
「大衆にはまだ伝えてないが、
昨日ジャック・ザ・リッパーの生き証人が入院先で殺された。」
「そんな!?誰も警備についていなかったのですか?」
「いいや・・・。ついていたんだが、
警備員を交換する時を狙われたらしい。」
「目撃者は?」
フィンの質問に対して、ミックは肩をすくめることにより返答をした。
「つまりは、また振り出しに戻ったってことですね。」
フィンはディスクにおいていたコップに手を伸ばし、口をつけ、ゆっくりと思考を巡らせた。
自分がPhantom thiefの事件から身をひき、ジャック・ザ・リッパーの事件の任につくと言うことは、
アウラ達の補佐、要は確実な情報集めが出来なくなるということに繋がる。
「ジャック・ザ・リッパーもホワイトホールを中心に
殺しをやるなんざ、タフな野郎だ。」
当時、スコットランドヤードはホワイトホールの端にあった。
ホワイトホールの近くには、テムズ川や、ウォータールー橋、セント・ジェイムジズ・パーク
さらには、近衛騎兵連隊舎まであったという。
余談であるが、セント・ジェイムジズ・パークは自然に溢れたところであり、昔から王侯貴族たちが
休日によく訪れていたが、市民の娯楽場となってしまった為に、喧噪を嫌がり
少し離れたケンジントン・パークに出かけて行ったという話が残っている。
夜になると、セント・ジェイムジズ・パークは鍵をかけられ出入りを禁じられるのである。
「セヴン・ダイヤルズで起こったことなら
そんなに目くじらたてないでも済んだだろうにな。」
「ミック警部補。」
咎めるようにフィンが名を呼ぶとミックは苦笑いを浮かべた後にぺろりと舌を見せた。
セブン・ダイヤルズとは、当初、大英帝国内でも、もっとも貧しく、もっとも治安が悪いと言われていた。
なので、ミックが先ほどのように言ったことにも
少しぐらいなら合点がつけよう。
「まあ、とりあえずフィンはジャック・ザ・リッパーの方に移動しろってことだ。」
「分かりました・・・。自分がいないからって警備の方を怠らないで下さいね。
それよりも、宝石の方はまだウェルコート卿が?」
「ん?ああ。堂々と応接室かどっかに飾ってるらしいぞ。」
応接室、ですか。
フィンは、それを記憶に強く残す為に、心の中でもう一度繰り返し呟いた。
この情報はすでにもう不要となってしまっていたのだが。