キュンメルがジャックとともに邸宅に着いていたころ
ウェルコート男爵邸宅に、一匹ネズミが忍び込んだ。



「まったく、暗いし寒いし狭いし最悪だねぇ。」



ポケットをまさぐる手を止め、ケホ、と小さくその黒い影の持ち主、アウラは咳き込んだ。



「埃が・・・!ハウスダストが!!」



わなわなと震え、埃が収まるのを待ち、<ふうと肩をすくめた。

すると、少し離れた所に暗闇の中、灯に反射してきらりと光るものを眼が捕らえた。
手にしていた小ランプを近づけ、伏しながら前進をすると
蝶の形を縁取った銀のプレートが宙吊りにぶさらげられていた。



「(玲もお疲れ様なことだねぇ。)」



ふ、と軽く笑って近くの煉瓦を軽くアウラは手で叩くが何の異質も見あたらない。
ふむ、と手を口元に持って行き思案する。

試しにと銀のプレートの下を軽く叩くと、
軽いコンコンという異音がそこからした。

これは煉瓦ではなく、木の板だ。

ランプをさらに近づけその部分を照らすと、そこだけ埃がかぶっていなかった。
やはりな。と納得しながら指を木の板に、はわせていくと凹み部分に指が吸い込まれる。

板に耳を当てて、周囲の音をかき集めるが、
静寂がひっそりと佇んでいただけだった。



「(誰もいないみたいだねぇ。)」



人気がないことを確かめたアウラは指に力をいれた。
するとゆっくりと木の板が静かに持ち上がり、
隙間から暗闇に光りが差し込んでくる。



「(よっと。)」



しゅ、と天井裏から飛び降りたが、床に敷いてある絨毯がアウラの音を吸い込んだ。


さて、と・・・。


ポケットからおもむろに白い箱を取り出し、
何度も空へと放りあげながら大時計の前に
無造作に置いてあるものに視線を向けた。

まるで深い、そう、深淵のような深い青。
広渡る空ではなく海の底に抱かれた輝く青。



「お目覚めのようですね、姫。」



アウラは、漆蒼のアクアマリンの前で静かに膝をつき、頭を垂れた。



「しかし、もうお眠りの時間ですよ。時期に夜明けがきます。」



手袋越しに白い箱から例の贋作を取り出し、本物の横へと置き、
そっと本物のアクアマリンを恭しく手に取り暗黒へと翳した。