「親愛なるウェルコート男爵
五日後の20時
眠れる姫の蒼き指輪を頂きに参上します。
Phantom thief」
ルームサービスで頼んだ紅茶をアウラは、香りを嗅いでから銀の小さな棒を暫く浸し、
変色がないか確かめ、ぺろりと紅茶を舐めた。
「変な味はなし、と。」
クレインはホテルの自室で新聞をひろげていた。
日付、海外の様子、国政の記事に視線を這わせ
机に置いていたカップに手を伸ばしたが、掴むはずだったカップが消え失せた。
「ッぶふぇい!!コーヒーと見せかけて実はホットチョコか!ぬかったあ!」
クレインが音もなく忍び寄ったアウラに肩を跳ねさせ、振り返ると、
アウラの口の端からどろりと茶色の液体が流れ落ちていた。
ぎょっと目を見開いて、握りしめた新聞でアウラの横っ面を張り倒すとビューンとふっとんでいく。
下を見ると、血痕のように飛び散っているホットチョコの残骸。
「俺のホットチョコ・・・、命の、糧。」
クレインはフローリングに飛び散ったホットチョコのそばに両膝をつき握りしめた拳を悔しそうに叩きつけた。
そして傷心にアウラへの復讐を誓った。
「まったく〜。クレインは怒りすぎじゃないかねぇ。」
すりすりと薄赤の頬を撫でながらムクリと上半身をあげると、
眼鏡の奥のクレインの瞳が
ギラギラと鋭い光をたたえていた。
「とれたてのレモンを踏みつけにされたら
お前はどうするんだ!」
「なぶり殺す。」
「今の状況が俺にとってのそれだ!!
なぶり殺されなくて感謝するんだな!!」
「あはは〜。新聞借りるねぇ。」
一部ぐしゃぐしゃになった新聞を拾い上げ、皺を伸ばして見えた
新聞のトップにでかでかと書かれた見出しに溜息をついた。
「ヤードちゃんの所に予告状が差し出された・・・。それにあわせて巡察員増加!
おやおや、ウェルコート男爵にも差し出されたことは書かないんだねぇ。」
「一応爵位持ってるからじゃないかな。
ちなみに警備員も配置するんだってさ。おはよう、アウラ。」
玲はひょっこりとダイニングから顔を出す。
「おはよ〜。クレインの所に先に来てたんだねぇ。」
「うん。とりあえず今日の予定を聞きに来たの。」
「今日の予定か。クレイン、私の予定は五日後まで無しでよろしく〜。
任務にはそのまま行くからねぇ。」
片手をだるそうにひらひらとふってから部屋を出て行ったアウラ。
「良いんですか?」
「あいつなんて知らん。」
ぬるくなった残りのホットチョコが注いであるカップを今度こそクレインは手に取った。