「この種の馬車の中ってこんな風になってたんですね。」


「窓ついてるけど、外からじゃあ見えないし、カーテンをしめちゃう人もいるしねぇ。」


「そうだよね!基本この種の馬車ってVIP専用なんでしょ?
私イタリアのと、人力車くらいしかって、動き出したね!」


「・・・やっぱり揺れるねぇ!」



アウラが素っ気ないように見えて実は玲と同じように、少しはしゃいでるのに、ふと気がついたクレインは
時折全てを悟っているかのように感じるアウラにも
子供らしいところもあるんだな、と微笑ましくなった。



「(あの方の紹介でアウラと初めて出会ったあの日からそういえば何年たったんだ?
・・・・発想を逆転すれば、その分だけ胃痛との戦いが始まったということだが・・・。)」



クレインが物思いに耽ると、アウラは思い出したように口を開いた。



「ねぇ、クレイン。さっきも聞いたけど君のココでの肩書きは一体なんだい〜?
それを知らないとおちおち仕事も出来ないんだよねぇ。今回は追加任務出たのにさ〜。」


「・・・追加任務だと?俺はあの方から聞いていないぞ。」


「私も初めて聞きました。どういうことアウラ?」


「アハハ。伝えてって言われたの忘れてた〜。」


「へ?」


「・・・ッ!!だからあれほどあの方に任務に関わることは
俺に伝えて下さいと願い出たんだぁああ!!!」


「おっ、落ち着いてくださいクレインさん!!ほら、飴です!!」


「レイ、クレインは糖分よりもカルシウムが足りてないんだよ〜。」



手を頭の後ろにあててケラケラと笑うアウラに対して
クレインは両手で顔を覆った。眼鏡が邪魔だったが。

クレインが何事か、きっと恨み言だろうが、をぶつぶつ呟いていたが
アウラは途中で解釈を止め、何事もなかったかのように景色を眺めた。

クレインは大きな溜息をついてから眼鏡をあげた。



「ロンドン支部に行くぞ。」



その一言で馬車の進行方向は変わることになる。


街の喧噪がだんだん聞こえなくなり、がたんごとんという音が馬車内に響き、静寂に保たれた。
だがこの静けさはアウラにとって気まずいものではなく寧ろ穏やかだった。

きっと組織の人間の一部はこの静けさを嫌うのだろうが。

それに先ほどから漂う甘い香りが自然と緊張をほぐした。
この香りはどこかで嗅いだことがある。

玲は船をこぎはじめたアウラに、優しく笑ってから、小さな声でクレインに話しかけた。



「アウラ、寝ちゃいそうですね。」


「こいつは一体何時間寝れば気が済むんだろうな。」


「寝る子は育つですよ、お父さん。」


「こんなレモンを子に持った覚えはないな。」


「またまた。任務中アウラから連絡があるまで不安でたまらないんでしょうに。」


「誰がこんな馬鹿を心配するかッ!」


「クレインさんは素直じゃないですねー。」



二人の会話を子守歌にアウラは、頭を優しく撫でる誰かのぬくもりを感じて意識を手放した。










表通りから少し外れたところで馬車を降りてから、
路地裏を巡り奥まった所にあった古びた建物の扉の前でアウラ達は足を止めた。

上をちらりと見てみると、コーヒーハウスと彫られている木製の古汚い看板が風にふかれて
ギィと音をたてながらゆれている。



「・・・ここですか?」


「ここだ。」


「ここだよ〜。」



アウラは前にいるクレインを押しのけて扉を開けると
少し埃っぽい臭いが鼻を掠めた。

店の中は薄暗く、クレインが段差につまづくと、
アウラが、ぷ、と小さく吹き出したのでクレインは鋭い眼光で睨み付けた。
アウラは、すぐ視線を外してカウンターの椅子に腰掛けた。



「いらっしゃい。」



店の外観とは裏腹に小綺麗な服を着ている老齢の店主はアウラ達を一瞥し、
新たなグラスをタオルで拭き始める。



「ご注文は?」


「・・・・あー。そ、そうだな・・・アウラ!」



クレインは倦ねるのをやめて白羽の矢をアウラに立てた。
店内を見回してたアウラは、うえええと顔を歪めながら、口を尖らせた。



「ヴィンセルが言えば良いじゃないか〜。」


「俺は嫌だ。もとはと言えばお前が追加任務について言い忘れてたせいだ。」


「人間誰しも忘れないということは出来ないんだよねぇ。」


「それで、注文するのかの?」



店主による横やりにアウラはクレインとの応酬に負けたことに気づき、肩を落として口を開いた。



「・・・右から三つ目の棚にあるお酒でカクテルを作ってちょうだい。
海賊の血を受け継ぐ愛しい彼と飲みたいわー。」



店主はグラスを拭く手を止めてから、カウンターを横切り扉の鍵をかけてからアウラ達に深々とお辞儀をした。



「組織の方ですね。どうぞ、奥の部屋の隠し階段からロンドン支部内へお進み下さい。」


「・・・いや、今日は別に中にまで入らないから良い。かわりにあの方からの追加任務の資料を持ってきてくれ。
それに敬語を使わなくても良い。あなたは俺よりも年上だ。敬語を使わなければならないのは俺の方だろう。」


「おやおや、クレインは相変わらずじゃの。」


「あなたこそ。それよりも今日、支部長は?」


「支部長は今日はおらんぞ?」



小さくクレインはカウンターの下でガッツポーズをした。

アウラが店主の出身地を聞いてから、三人は朝ご飯を注文した。

食べ終わるのを見計らい店主はクレインに今回の追加任務についての資料が入っている茶封筒を渡した。

クレインが糸を引っ張り、中身を確認すると、何枚かの写真と走り書きのメモ用紙が入っていた。



「感謝する。」


「こっちの台詞じゃて。」










ロンドン支部の入り口、カフェを出て、
表通りに出るとアウラ達を馬車が待っていた。

乗馬従者は馬を撫でる手を止めて、すかさず馬車の扉を開けた。



「どちらに行かれますか?」


「用事は済んだ。ホテルに戻る。」


「かしこまりました。」



アウラ達は馬車に乗り込み、各々仮眠をとったり、窓の景色を眺めたり、資料を確認していたりした。

さわさわと揺れる木々と、大英帝国独特の建物を窓越しに眺めるのに飽きたアウラは、仮眠をとっていた。


やはり、微かに香る甘い匂い。


アウラはハッと起き上がり、クレインと玲がこちらを凝視しているのに気がついたが、無視を決め込み馬車のカーテンを勢いよく引っ張り盛大な舌打ちをし、
荒々しく乗馬従者と会話をする為の小窓を開けた。



「今すぐ馬車を止めろ!」



乗馬従者はアウラの怒鳴りと称しても良い声に反応し二頭の馬の手綱を馬が驚かないようにゆっくりとひいた。

馬車が止まると、アウラは扉を勢いよくあけ、外へ飛び出し乗馬従者を引きずり下ろした。
手首をひねりあげ抵抗できないようにすると、乗馬従者の首に顔を近づけた。

微かに甘さを含む香り。

アウラはそれを確認すると、手を離し今度は乗馬従者に抱きついた。

何事かと思い降りてきたクレインと玲は理解しがたい状況を見て唖然とした表情であった。
だが流石34歳クレイン。状況を分析理解し、アウラを乗馬従者から引き離しにかかった。



「アウラ!いい加減に離れろ!」


「ぃやどぅぁあああ!!!邪魔するな引きこもり!」


「どうして、そんなにくっつきたがるんだ!
だいたいお前が執着突進してくのはレモンと、・・・まさか!」


クレインが眼を見開くと、乗馬従者はニヤリと笑い、抱きしめてくるアウラの腰に手を回し、ぎゅうと抱きしめ返した。


「アウラ様がお気づきになられるのをずっと待っておりました。」


「それは、ごめんなさい・・・。」



瞳をふせたアウラの髪を乗馬従者は一房すくいとり、優しく口づけた。
だがクレインは眼鏡越しに胡散臭そうに、アウラと乗馬従者を眺める。



「茶番劇はそこまでだ。」

「茶番劇だなんてそんな・・・!」


「そうだよねぇ〜。茶だけじゃなくて今ならもれなく我が愛しのレモンだってチョコレートだってついてくるよ〜!!」


「私は唐辛子を頂きたく思います。」


「(こいつら・・・!)」



乗馬従者の腕の中から抜け出したアウラの胸ぐらをクレインが掴み前後にゆさぶりをかける。



「ァ頭がシェッイック〜すぅあれぅぅうう!」


「黙れこのレモン女!日頃の鬱憤晴らさせろ!」



街行く人々が何事かとこちらを見ては興味を失い視線を逸らしていく。
乗馬従者は息をつくと、困り果てていた玲と眼があった為に、にこりと笑った。



「アウラ様もクレ・・・ヴィンセル様もいい加減になさらないとレイ様がお可哀想ですよ。」


乗馬従者の鶴の一声でクレインはパッとアウラの胸ぐらを掴んでいた手を離し、玲に軽く謝罪した。



「いえ、気にしないで下さい。それよりもこの乗馬従者の方とお知り合いなんですか?」


「おぉ〜う。そっかあ。この顔ではレイは初めて会うんだねぇ〜。」



ふらふらと覚束ない足下をアウラが踏ん張っていると乗馬従者が後ろから支えた。



「大丈夫ですか?」
「うん、ありがとねぇ。レイ、この乗馬従者はイョ君ですよ〜。」


「・・・イョ・・・え?ぇええええ?!?だって全然顔違うじゃない!!」


「まあ、この顔は借り物ですから。」



乗馬従者、奇才のイョは悪戯が成功した子供のように笑った。



「それにしても良く気がつきましたねアウラ様。レイ様はともかくとして
クレイン様だってお気づきになりませんでしたのに。」


「・・・ああ。俺はホテルの連中と同じようにお前の変装にすっかり騙されたな。」


「このまま誰もお気づきになさらなかったら、からかいのネタのもなったというのに。残念でなりません。」


落ち込んだフリをしているイョにアウラは、にまにまと笑って抱きついた。

ふわりと漂う微かな甘い香り。




「気づいた理由はねぇ、イョ君が消しきれなかった香水の匂いさ〜。
馬車に乗った時に気になってたんだけど、ようやくさっきこの香りに思いついてねぇ。」



「まったく、アウラ様には完敗しました。獣並みの嗅覚ですね。」


「・・・愛の成せる技だと言って欲しいねぇ〜。」