大英帝国が都市ロンドン。
場所はとあるホテルの一室。
アウラはフランスのマルシェで買ったばかりのレモンを机に横一列に並べており、
玲は苦笑いをしながらアウラがレモンを並べ終わるのを椅子に座って待っていた。
アウラは紙袋に手を入れ最後の一つを掴みあげて、震える手を叱咤しながら、そっと机の上に置いた。
そして静かに机から一歩離れた後、レモンたちを眺めアウラは満足そうに頷いた。
「これぞ我が芸術!レモンドミノ!!
これをレモン祭りで披露しようと思うのだがどうかね?」
「(レモンで遊んでるわけじゃないし・・・リアクションしにくいなあ。)」
困ったような表情をする玲にアウラはピーンときた。
「おや?その様子だとレモン祭りのことを知らないようだね。
ふふふ、仕方ないから教えて進ぜよう。
レモン祭りとは二月から三月にイタリア国境付近の南フランスのマントで開催されていて、
山車をレモンなどの果実で装飾するのだよ。」
うんうん、と頷いたアウラに玲は日本人お得意のへらりスマイルを浮かべ、椅子から立ち上がった。
「クレインさんにもお願いされたから下準備に行こっか。ね、アウラ」
アウラと玲はロンドン市内を探索する一環としてロンドン地下鉄にいた。
世界初の都市内地下旅客鉄道として<初めて開通されたのはパディントン駅からファリンドン駅間だ。
「ワォ。これがロンドン地下鉄。」
「天井は無いんだね。ちなみに1863年から運用された気がするんだけど。大分、汚れてるね。」
「この壁の汚れは煤煙のせいじゃないのかねぇ。」
アウラが試しに人差し指の腹で壁をなぞってみると案の定、指が真っ黒になった。
この時代は、全てが蒸気機関牽引の列車であり、
玲の言ったように天井をなくすことにより地上に向けて換気を行っていた。
だがそれ故に煤煙によって駅は煤だらけとなった。
ちなみにリヴァプールの豪商のもとに生まれ、大英帝国の自由党として首相となり、
明治期日本の政党政治家に自由主義者として人気があったと言われている
ウィリアム・グラッドストンは地下鉄によって棺が移送されたという話も残っている。
アウラは自分の足下や駅構内をさっきからうろちょろしている何十もの鼠を鬱陶しそうに見下ろした。
ロンドン地下鉄は推定50万もの鼠がいると推定されており、これは童話のネタにもなっている。
その時、ちょうど駅のホームに列車が甲高い汽笛を鳴らしながら入ってきた。
初めて見たソレは現代でいう貨物列車のようである。
客車は馬車の構造をまねてつくられたらしいが、アウラが客車の中をちらりと覗くと
現代のような電車とあまり変わりない。
両端にある座席。
相違点をあげるとするならば、客車の広さと、大人が真っ直ぐと立ったとしたら
頭が天井にあたることと、ランプ以外の光源が無いことだろうか。
「(暗いねぇ。)」
アウラはそう独りごちて駅員に見つからないように列車から飛び降り、
手帳と睨めっこしながら構内を歩き回っている玲を捜しだし、彼女の肩をぽんと叩いた。
弾かれたように顔をあげた玲はアウラに気づき首を傾ける。
「もう良いの?」
「うん。そっちはどうだい〜?」
アウラが玲の手帳を覗き込むと、そこには手書きの構内の全体図に加え、所々に○印が記されていた。
「うん。めぼしい所はチェックしておいたし。」
「じゃぁ、ご飯でも食べに行くかい?」
「そうだね。クレインさん今日はパーティーで帰ってこないみたいだし。二人で行こっか。」
輝くシャンデリアと鳴り響くオーケストラの演奏。
美しく着飾った紳士淑女の中、ホールの左の方で貴婦人達と談笑していた一人の女が、ふと視線を感じ顔をあげた。
そして、自分を見ている一人の男と視線が交わる。
男は、女を見据えてから、あごをクィと動かし、バルコニーに出て行った。
女は、唖然としていたが、ハッとして貴婦人達に断りを入れた。
「少し失礼しますわ。」
「あら、素敵な殿方でも見つけられたのかしら?」
からかいを少し含む軽い冗談に困ったように女は微笑みを返し、男が消えたバルコニーに出た。