群青色の空の中、そっと姿を消そうかとしている夕日に反映して
川の色が夕焼け色に照り輝いていた。
川沿いに歩みを進めると新緑がゆらりと風に遊ばれて小さく揺れている。

キュンメルのメモにあったG7-βポイントにアウラは辿り着き、扉に手をかけた。

部屋の形は六角形で天井は階段状に中心へいくほど狭くなっている。
この時代の部屋としては珍しいものであり、流石は組織の一種の隠れ家だな。と
思わずアウラは納得し、直後に身体を硬直させた。


背後をとられるとは何と愚かなことか。


腰に回った誰かの手を軽く叩くと甘く唸る声が耳元をくすぐった。
自身を抱きしめている腕により力が込められる。



「手が邪魔だねぇ〜。」


「へへ、師匠おひさしぶっりっす!」



肩口に埋めていた顔をあげてキュンメルは朗らかに笑った。
再度ぎゅう、と抱きしめてから名残惜しそうに腕を放したために
アウラはいそいそと拘束から逃れられた。



「追加任務の方、手こずってるみたいだねぇ。」


「そうそうそれっすよ!俺一応考えはあるんすけど、
とりあえず師匠に指示を仰ごうと思ったんっす。」


「キュンメルの考えはいったいどんなんなのかねぇ?」



キュンメルはアウラが己の考えを聞いてくれるという反応を見せたために瞳を輝かせた。


(幻覚だろうか、しっぽまで見える。)


アウラに詰め寄ってキュンメルは口を開いた。



「今回は手っ取り早く盗むっす!」


「私の獲物を横取りするってことかねぇ?」


「ちちち、違うっす!!そんな恐れ多いことできないっすよ!!
ああでもそうか!これだと俺が師匠の出番を掻っ攫うことになるのか!?」



アウラは静かに瞳を閉じて言葉を綴った。










アウラは自分で注いだ紅茶をくんくんと嗅いでからぺろりと一度なめ、
腰につけていた配給制のポシェットの中から黄色の何かを取り出した。



「ふふふ。待っていたかい?私の可愛い恋人よ。
ああ!この香りにこの輝かしいばかりの金色と艶!
素晴らしい。私の心を昂らせ、尚且つ奪う金色の君…
何て罪深いんだ!!」



アウラはすちゃとダイヤのジャックのトランプを人差し指と中指で挟み
レモンに這わせていくと切れた所から滴があふれでる。

紅茶が注いであるカップの中にレモンの滴を垂らしつつ香りを楽しむ。

アウラは昔、玲にトランプの構造を聞かれたことをふと思い出した。


ある時は爆発してある時はナイフになってある時にはメモ帳になる。


確かに周りから見ると不可解この上ないだろう。
だが、できるといったらできるのだ。


そして、木箱の中のとある指輪を取り出し机においた。
今机においたのはターゲットの贋作である。

今回の事態の対応策として、本物と贋作をあらかじめすり替えておくことにした。
如何せん、もう予告状を出してしまっていた為に
日にちの変更なんてできるわけがない。

予告上を出したのならば、その通りに奪いに行くことが
Phantom thiefの矜持としてある。
だから今回はマフィアに先を越されても、構わないようにするのだ。


アウラはハンカチをテーブルの上にしき、
レモンをそこに横たえ、ずずーっと最初音をたてながら
紅茶を味わい、途中から静かに飲み干した。



「さて、面倒だけど行くしかないねぇ。」



念のために用意しておいた贋作の指輪をピン、と指で空に弾いた。








あんなに広がっていた青空が、もうすでに暗黒に呑み込まれていた。

ジャックと無理矢理交わされた約束を果たす為に屋敷に戻ったキュンメルは、
アウラとの僅かな逢瀬を思いだし、によによとだらしなさそうに笑ったが、すぐに引き締めた。

理由を問わずとも明確だ。向かい側からジャックとトムが姿を現したからである。


開けはなった窓から入る風が紅蓮のカーテンをゆらした。


燭台の灯火がゆらりとゆらめく。



「行くぞ。」



コーサノストラ。
それはマフィアに所属している者がマフィアという言葉の代わりに使うもの。


キュンメルは己の前に立つマフィア・・・
いや、コーサノストラの名誉ある男に、小さく頭を垂れた。