こんこん、と軽やかな音がした。
そして何かが軋むような音が続いて響いたということは、
部屋に誰かが入ってきたということだろう。
仮眠という名の惰眠を貪っていたアウラが音に気がつき細く瞳を見開くと
イョがアウラの前で手紙をひらひらとさせていた。
すとんと枕もとにイョが座るとベットが少しだけ沈んだのを
アウラの身体が感じた。
予想以上に渇いている喉を潤そうと腕を伸ばし水差しを掴むと水がたぷんとゆれ、
ひんやりとした冷たさが掌に伝わった。
そして軽く香りを嗅いでからぺろりと少しだけ舐める。
「毒なんて入ってないわよ。」
「・・・・・癖で、ついねぇ。」
一瞬言葉に詰まったアウラにイョが眉尻をさげると、
肩を軽く竦めてからきちんと喉に通した。
そう、癖、なのだ。
ずっとずっと昔からの。
少しだけ飲んだ後に、ぽすんと力なく再びベットに転がったアウラに、
イョは声をかけようとしたが、口を閉ざした。
イョを細目で見ていたアウラは、小さく口元を歪ませた。
それで良い。あなたは何も言わなくて、聞かなくて良い。
本人の許可なく領域を侵してはならないのだから。
――決して組織の戒めを忘れるな。
イョは上からアウラを見下ろしながら彼女の顔の上に手紙をおいた。
さながらキョンシーのようである。
アウラは狼狽えずに吐息で軽く吹き飛ばして、
毛布の上に落ちた手紙を手探りで拾い上げた。
真っ白の手紙を翻して宛名を見てみると、
そこに書かれていたのは黄色い紡錘形の果実と、それを包み込むような
「あら、熱烈なこと。」
イョは口元に手をあててくすりと微笑んだ。
そう、そこに書かれていたのはレモンを包み込むどきついハートだった。
(このセンスのなさはキュンメルか・・・。)
心の中でそう呟き身体を解すように伸びをしてから、
イョに手渡されたペーパーナイフで封を切った。
中に入っている手紙、いやメモは四枚。
アウラはその中の一枚をイョに手渡すと、
きょとんとイョは小首を傾げた。
「どうせくだらないこと書いてるだろうからイョ君にあげるよ〜。」
「こら、だめでしょう。」
「良いよ〜。」
「・・・もう。」
イョがその一枚に視線を走らせる様子をアウラは眺めていたが、
段々と見開かれる瞳を訝しんで
メモの文面を覗き込んだ。
始まりは、
あなたの大事な弟子のキュンメルっす。
師匠は元気っすか?俺は師匠がいなくて元気じゃないっすけど、
師匠に褒められるように頑張ってるっす!!
師匠も俺がいないからって落ち込まないでくださいっす。
俺の心はいつも師匠と一緒っすから!
であった。
呆れたように文面を追っていたが進むにつれて次第に眉間に皺が寄っていく。
アウラは最後の一文まで読み、他のメモにも視線を滑らせてから、
ベットを飛び降り閉められているカーテンを乱暴に開けた。
西の空から見えた柔らかい斜陽に他の三枚がぐしゃりと音を立てた。
「・・・今回のターゲットの持ち主であるウェルコート卿が
マフィアに狙われてるってどういうことなの?」
イョは予想外の展開に唖然としながらもゆっくりと声を絞り出した。
アウラは西の空に沈んでいく夕日を眺めながら口を開く。
「今回、キュンメルを追加任務の為にマフィアに潜入させたんだよ〜。
潜入は面倒だけど、それ以降は簡単に終わるかと思ってたんだけどねぇ。
まあ、簡単に言えば、Phantom thiefの獲物とマフィアの獲物が被ったってことかねぇ。」
傍らの燭台の灯火にメモをあてがうと、
紙が収縮してから一瞬で燃え上がり崩れ落ちるようにして空気に溶けた。
開け放ったカーテンがそっとゆれて、
冷たい風がアウラの頬をなでていった。