蹴られたおしりをさすりながらキュンメルは口を尖らせた。
「アンダーボス酷いじゃないっすか!」
「うるせえ。テメェが来るのが遅いからだ。のろまが。」
「(こ、このッ・・・・!)」
キュンメルは思わず拳を握りしめ、ジャックは口角をつり上げた。
「なんだあその顔。言いたいことがありゃ言えばいいじゃねえか、キュンメルちゃんよ。」
「あーはいはい!
相変わらず嫌な性格してるっすねアンダーボス!!
だから好みの女にモテないんすよ!!」
「・・・・・もう一度蹴られたいか。」
「嫌っすよ!!俺はマゾヒストじゃないっす!!!!
じゃなくて一体オレに用事ってなんすか。」
犬のように吼えるとジャックは近くの部屋の扉を親指で指さした。
取りあえず部屋で話す。と視線で訴えられたキュンメルはすごすごとその部屋に入った。
この時代の大英帝国ではリヴァイヴァリズム旋風が巻き起こっていた。
つまり復興主義が広まり、過去様式を再度復活させたということだ。
特に人気があったのはゴシック・リヴァイヴァルである。
尖塔アーチや空中にアーチをかけた飛び控え壁である
フライング・バットレスなどが至る所の屋敷にも使用された。
代表的なのはノートルダム大聖堂だろうが、ブールジュのサン・テティエンヌ大聖堂もお勧めをしておきたい。
「トム、鍵をかけろ。」
「鍵までかけるんすか?」
ジャックの命令にトムは小さく頷いて扉の鍵をかけた。
これでこの場を邪魔する者は入って来ない。
ソファに偉そうに座り込んだジャックに促され、向かい側にキュンメルは座った。
「ボスから何を言われたか知らねえが、今夜オレに付き合え。」
「は?嫌っすよ。俺にも用事があるんすから。」
ジャックの用事に付き合うのなんて真っ平御免だというように
片手を顔の前でひらひらとキュンメルはふったがジャックは足を組みながら鼻であしらった。
「テメェの用事なんて知るか。」
「いやいやいや!?どうしてアンダーボスの脳内はそんな天晴れなほど横暴なんっすか!
俺泣きますよ!マジ泣きますよ!!」
「良いぜ、オレの前でむせび泣けよ。」
「揚げ足を取らないでもらえるっすかね!!」
泣くフリを遂行しようとしたキュンメルは呆れ返ったように
ソファに腰掛け直し半眼でジャックを睨め付けた。
にやにやと笑う横っ面をぶん殴りたくなったキュンメルだが
トムもいることだし、ぐっと隠忍自重する。
「で、今夜どこに行くんすか?」
「エマ・エリザベス・スミスっつう売春婦の所だ。」
「・・・女を買いに行くだけっすか。まったく不埒な男っすね!」
「不埒なのはテメェの頭だ凡暗が。」
「(う、うっぜぇえええ!!)」
キュンメルは路地裏を巡り奥まった所にあった古びたコーヒーハウスの扉を開けた。
時代を感じさせる古い看板が相変わらず風にゆられて音をたてている。
そのうち錆びきった金具が壊れ看板が落ちてきたとしても不思議ではない。
「相変わらず薄暗いっすねー。今外超晴れてるんすけど。」
「いらっしゃい。」
店主は店に入ったと同時にきたキュンメルの遠回しな嫌みをスルーして焙煎し終わり、
粉砕したコーヒーの粉をプランジャーポットと呼ばれる器具に入れ、湯を注ぎ込んでいた。
余談だが、英国ではコーヒーを入れるのに
ペーパーフィルター式よりプランジャーが普及している。
コーヒーの香りが忽ち店内にたちこめる。
キュンメルは店主の手元にあるプランジャーポット、いやこの場合コーヒー自体を羨ましそうに眺めた。
「良いっすね。俺も飲みたいっすけど今日はゆっくりできないんすよ。
っつうわけで。右から三つ目の棚にある酒でカクテルを作ってくださいっす。
海賊の血を受け継ぐ愛しい彼と飲みたいっすよー。・・・・・・今日いるんすか?」
キュンメルは無表情で口に出すと店主は、扉の鍵をかけてから、のほほんと笑った。
残念じゃが支部長はおられるぞ。
その一言でキュンメルの周辺に不穏な空気が漲った。
隠し階段がある奥の部屋に進んだキュンメルを見送ってからそういえば、と店主は思い出したように呟いた。
「イョの所の部下も来ておったのう。」