闇夜に紛れ純白を纏った者は、
暗視スコープの代わりもしてくれるモノクルについているボタンを押し
携帯型端末機を起動させ恍惚と街並みを眺めていた。

くすり、と微笑みを浮かばせながら
かぶっていた純白のシルクハットをとり、
華麗にお辞儀をした。



「今宵は月の涙を頂きに参上致しました。」


眼下でざわめく群衆を見下ろし、月の光をスポットライトにして
怪盗Phantom thiefは笑う。
 
 
 
 
 


 
 
 
 

ゆらりと、温めたミルクから湯気がたゆんでいる。
窓越しに郵便を運ぶ馬車に気づいた青年は読みかけだった新聞を片手に、
木製の床を踏みしめながら玄関先へと足を進めた。



「お手紙をお持ちいたしました。」

「サンキュ。」


遠くなっていく馬車見送った後に青年は手紙の宛先を見てみると、


「Dear アウラ」


と綺麗な字で書いてあった。
ぴくんと一瞬だけ眉をはねさせ、差出人に視線を滑らそうと、
手紙を裏返すがそこにはなにも書いていなかった。

青年は身を翻し、家の中へと戻って行った。
 






そのころ別室には女が寝ていた。
窓からそそぐ柔らかい日差しが眼にあたると両目を縁取る睫が小さく揺れたが、
女は日差しから逃げるように布団の中に顔をいれてから、
小さく体を竦ませ、静かな安眠に戻ろうとしていた。


だが、安眠というのは幸せのようにたいてい何者かに邪魔されるものである。



「師ッ匠ー!!もう朝すぎて昼になるっすよー!!」



元気な声で自分の安眠を妨害した青年に、布団の中で女は眼をつぶりながら眉間に皺をよせた。
だが、青年の方はカーテンと窓をあけ、お構いなしに布団を女から剥いだ。



「うるしゃいよキュンメル・・・。」



キュンメルと呼ばれた青年は、女の枕元にひざまづいた。
寝起きということで、とろんとした瞳をして舌足らずな女の様子に、
キュンメルは、にへにへとだらしがないように笑った。



「やっぱり師匠は寝起きが一番っす!
・・・じゃなくて、差出人不明の手紙がきてるんっすけど。」



ひらひらと女の前で手紙をふると、女はその手紙を手を伸ばして掴んだ。
先ほどの手紙はこの女のものであったのだ。
「Dear アウラ」の文字に視線をすべらせ、女、アウラはベットから体をおこし、
はねている髪に手櫛を通した。

半端なく整って綺麗な筆跡にアウラは、ああ、と差出人に思いついた。

枕元のダイヤの絵柄のトランプを手に取り、
ペーパーナイフのように手紙の封を切った。



「それ誰からっすか?」


「クレインからだねぇ。」


「クレインってあのクレインっすか!?
あんの野郎、俺に断りなく師匠に手紙を送りやがってぇええ!!!」



喚きだすキュンメルを後目に手紙の内容を読む。
そこには、委細変わりはないかということと、
某月某日フランスの地方にあるクレインの住処へと来いということであった。



あの後、仕方なくベットから這い出て食事を摂ったアウラは、
唯一この家で誇れるレモンの木の下で大の字になっていた。

さわさわとレモンの葉が揺れて木陰の形を変えてアウラを照らす。


この頃、本業の仕事もしていないし平和だねぇ〜。


伸びをして、ふっと力を抜き、深く息を吸い込むと青草の香りが鼻を擽った。
小さな蝶々がアウラの眼前を行っては戻りを繰り返している。
珍しくぽかぽかとした陽気に惰眠を貪ろうと瞳を閉じようとすると急に風が吹き抜けた。

アウラは、反射的に身構えると、そこにはあるものが居た。
足に小筒を付け、うるうるとした目で じぃとこちらを見つめるソレに、ふ、と笑みを零した。



「お仕事ご苦労様だねぇ伝書鳩君。」



そう、今の風は伝書鳩が着地した時に巻き起こったものだった。
鳩は帰巣本能が優れ、昔から重要な通信文や、医薬などを運ぶ役割を担っていたのだ。

古代、ギリシャのポリスから始まり、
第一次世界大戦や第二次世界大戦まで実際に使用された。

フランス革命のマリー・アントワネットも、投獄された時に
伝書鳩を使って外部との連絡をとっていたともされる。
無論、日露戦争、日中戦争などの戦争でも重用され続けた。


アウラが伝書鳩の足に括り付けられた小包を外すと、
伝書鳩は、やっと一仕事終えたと言うように、くるくると小さく鳴き、
羽を広げてキュンメルがいるだろう家に飛んでいった。


早速小包の蓋を引っ張り、中を覗いてみると一枚の紙が入っていた。
だが、ひろげた手紙には何も記されていなかった。

紙を裏返すと、蝶の印がそこにしっかりと
刻まれていたのに気がつき、アウラは、息を吐いた。

そして太陽に紙を翳して、淡々と眺めてから重い腰をあげ、
伝書鳩の後を追うように、丘にある家へと足を進めた。



家の扉を開けると、テーブルの側にある伝書鳩などが 休む為の止まり木にとまった鳩と目があった。

伝書鳩は、アウラから興味がなさそうに目を反らし毛繕いを再開した。
隣のキッチンからキュンメルが扉を開ける音に気がついたのだろうか、ひょっこりと顔を出した。



「お帰りっす師匠!」


「うん。ただいま。」



椅子に腰掛けながらキュンメルに返事をする。
キュンメルは、お盆の上に小さな皿を二つ乗せながら止まり木に近づいた。

伝書鳩は毛繕いを止め、枝の部分の人為的に
平らになった所へひょいひょいと近づき羽を震わせた。

キュンメルはそんな様子に小さく笑って、
平らな部分に小皿を二つ置いた。
片方には餌が、もう一方には水が入っている。
伝書鳩は小皿に顔を突っ込み、がっつくように食べ始めた。



「こいつ、一体どこから飛ばされたんすかね。」


「足輪の番号は?」


「足輪?ええっと・・・、T1って書いてあるっすけど。」


「それじゃぁ、ヘルベチアだねぇ。
ああ、スイスのことだよ〜。」


「へ〜。だけど師匠どうして分かるんっすか?」


「キュンメルは組織の資料見てないのかい?」


「うッ・・・。」


「まぁ、いいけどねぇ。それより指令が来たよ〜。」



アウラは徐に棚にあるマッチを手に取り、蝋燭に火を灯した。

火の下に先ほどの紙を翳すと、真っ白の紙に<ゆっくり字が浮かび上がってくる。
キュンメルはアウラの隣に回り込み紙を見下ろすが、
完成された文章に思わず、二人、顔を見合わせた。



「One of the comrade 
failed in the mission
that seized the
joint names document of Mafia.
Saying is one.theft it.
And tell it to other TOP members. 」

「仲間の一人がマフィアの連名証を奪取する任務に失敗した。
言うことは一つだ。盗れ。
他のTOPメンバーにも伝えておくように。」



アウラは、珍しくにっこりと笑みを浮かべてキュンメルの肩に手をポン、と乗せた。
キュンメルは背筋を何かが這っているような嫌な予感がして、
ひくりと頬を引き攣らせ、アウラの笑顔を見つめる。



「頑張っておいで。」


「やっぱりぃいイイ!!!!」



キュンメルの大きな叫びに、
餌をがっついていた伝書鳩が思わず顔をあげた。